警察署の隣にかなり年期の入った大きな講堂があった。
                 そこは職員が日々体力作りのための鍛錬をしたり、また署長の訓示を整
                列して聞くためなどに使用されている。
                 そこに近づく2人連れの人影があった。
                 中へ入るとすこし木のにおいがする。
                 女は華音の手を引いたまま色々な用具などがしまってある倉庫へ来る
                と、ドアを開けたまま彼女を奥へと進ませた。
                 華音は不思議そうな顔をして女を見上げた。
                 「ここで何して遊ぶの?・・ねえ、お姉ちゃん。」
                 華音は近づこうとしたが、突然女が鞭を手にし、床を打ち鳴らしたので
                その大きな音に驚いてびくっとした。
                 「さ、呼びなさい。」女は更に打ち付けた。「パパを呼ぶのよ!」
                 華音は呼ぶどころか、あまりの恐怖のために泣き出した。そして鞭の音
                が聞こえないように耳を押さえて泣きじゃくってしまった。
                 女は舌打ちをしたが、銃声がして振り上げた鞭が切れた。
                 「・・・!」
                 女は振り向いて入り口で銃を手にして立っている城嗣を見つめた。そし
                て城嗣は女を見て息を飲んだ。
                 「・・・・お前はっ・・・」
                 女はふふと微かに笑みを浮かべた。
                 「あら・・。来てくれたの。」
                 彼女はゆっくりと近づいた。
                 「待ってたのよ。」
                 城嗣は入り口に立たれたので中へ入る形になってしまい、後ずさりをし
                た。
                 「寄るな!・・華音に指一本でも触れてみろ、その時はー」
                 「大丈夫よ。あの子には何もしないわ。だって、あの子は貴方をおびき
                 寄せるために連れて来たんだもの。」
                 「・・・何っ?」
                 「・・・・ねえ・・それより・・お話しましょ。」
                 女は更に近づいた。
                 「逢いたかったわ・・貴方ったらいつも逃げてばかり・・」
                 女はマットが積んであるところに来てこれ以上彼が行けないのを確認し
                た。そして頬を撫でた。
                 「やめろ!」
                 城嗣は女の手を払い除けたが、彼女はいきなり彼に平手打ちをした。
                 「ううっ」
                 そしてひるんだ隙に女は城嗣をマットの山の上に押し倒し、ベルトに手
                を掛けようとした。
                 城嗣はとっさに女を突き飛ばし、叫んだ。
                 「華音、おいで!」
                 彼は抱きついて来た華音を抱え、その瞬間にドアからアリーナへ出た。
                 「待って!」
                 女は彼を追いかけたが、城嗣はジャンプしながら壁を伝い、そのまま
                ギャラリーに上がるとその軽い身のこなしで窓から外へと飛び出してその
                まま消えた。
                 (・・・・・。)

                 近くの木の上の茂みの中でじっと城嗣は息を殺してじっとしていた。や
                がてはあと息を吐いて目を閉じた。
                 「・・・パパ・・・・」
                 彼は腕の中でじっと自分を見上げている華音を見下ろした。
                 そして静かに話しかけた。
                 「・・怖かったな、こめんよ、華音。」
                 そして彼女の柔らかい髪を優しく撫でた。しかし、華音はそっと小さな
                手を伸ばし、城嗣の頬を撫でた。女に殴られて痣が出来ていたのだ。
                 「・・・パパ・・・いたい?あの人・・・いじめっ子?」
                 華音はあの女が彼を虐めたと思っているのだ。城嗣は思わず彼女を抱き
                しめた。
                 自分に近づいたあの女はついに娘にまで目をつけて来た。このまま野放
                しにしておけば、更に何がしでかすか分からない。もうただのつきまとい
                では済まなくなった。
                 (・・・あいつ・・・絶対に捕まえて、ぶち込んでやる・・)
                 遠くでパトカーのサイレンが聞こえて来たが、城嗣はじっとそのまま華
                音を抱きしめたまま目を閉じた。





                               fiction