『
ゴースト 』
カラン、と音がしてドアが開いた。
ジュンは顔を上げてトボトボと歩いてくる甚平を見た。
「・・・どこ行ったんだろう」
ジュンは拭いていた皿を戸棚にしまい、彼に言った。
「また行ったの?」
「だってさ・・」
「一人になりたいのよ。健の気持ち、わかるでしょ?」
「・・・でも・・」
ジュンは視線を落としたが甚平を再び見据えた。
「甚平も大きくなればわかるわよ」
「そう?」
甚平はカウンターの椅子に腰掛けた。
「おいらもそんな友達いたらいいなあ」
「できるわよ」
ジュンは再び皿を洗い始めた。
「きっとね。大切な友人が」
甚平は健の家に行ったのだが、彼はいなかった。
この頃ずっといないのだ。
相変わらず愛機であるはずのセスナもホコリだらけだ。
つまり、飛ばす気がないからだ。
それはー。
健はずっとあれ以来、クロスカラコルムから戻ってきて以来、塞ぎ込んでい
た。
ぼんやりしているかと思えば、時々あてもなく外出していてすっかり生気が
なかった。
博士も心配して別荘へ呼んでくれるのだが、彼は断っていた。
そう、別荘こそが彼との思い出の詰まった場所だったからだ。
「おい、いい天気だぜ。外へ行かないのか?」
栗色の髪をした外国人顔のあいつがいつも誘ってきた。
「えー・・めんどくさいなあ」
健はどちらかというと一人で遊ぶのが好きな子供だった。
だけど、あいつは自分をほっとかない。
「はっ、つまんねーやつだな。外で遊ぶのが子供の仕事だぜ。パパがいつも
言ってた」
「そう」
そしていつも強引に連れ出されるのがいつもお決まりだ。
少し大人になってあいつはレース仲間と一緒に遊ぶようになり、自分はライ
センスを取ってやはり空の仲間たちと一緒にいるようになった。
でも時たま会って話し合うこともあった。
そして、博士に呼ばれた後は厳しい訓練を共に受け、悪と戦う秘密組織の一
員になった。
友人でもあり、ライバルでもあった。
若かった。何事もなく明日が来ていつものようにふざけ合い、また意見のぶ
つかり合いをして成長していくんだ。
そう思っていた。
いつまでも続くと思っていたのにー。
それが当たり前だと思っていたのに・・・・。
あいつはもう遠いところへ行ってしまった。
橋を渡って俺たちの手の届かないところへ。
そうか、いないんだな。
でも・・せめて亡霊でもいいから会いに来てくれてもいいんじゃないか。突
然行きやがって。
馬鹿野郎・・。
健は鐘の音を聞いて足を止めた。
「そうか、クリスマスは明日か」
教会は煌びやかな飾りで人々を寄せ付けていた。そばのツリーにも蝋燭が
灯っている。
キャンドルサービスが行われようとしているのだ。
そこに立っていた白い衣装を着た人が健に話しかけてきた。
「そちらの方もよろしかったらお寄りください」
十字架のペンダントをしている。聖歌隊の人のようだ。
「・・俺は・・・あ、はい、行きます」
健は断ろうとしたが、なぜだか入らねければならない気がした。
式が始まるととても厳かな雰囲気に包まれた。
健は特段信じているわけではなかったが(むしろ、友人を連れてったことに
対して怒っている)なんだか神聖な気持ちになった。
終わって帰る人々に紛れて去ろうとした健は、前を見てハッと目を見張っ
た。
「ジョー!」
背の高い栗毛色の一人の男。
彼は振り向いた。その灰色がかった青い瞳。ちょっと微笑んで、また人々の
中に紛れてしまった。
「待ってくれ、ジョー」
しかし、もう彼の姿はなかった。
健は鼻で笑った。
「ふん、本当に亡霊になってきやがった」
そして人々に紛れてまた歩き出した。
聖歌隊の歌に見送られるように歩く彼らに雪が静かに降り出した。
健は不思議と寒さを感じず、むしろ来る前と違って心に温かいものが満たせ
れている感じがした。
甚平に笑顔で会ってやらなきゃな。
そして今まで以上に日々を大切に行きていこう。
今あることが当たり前でないのだから。
ー 完 ー
(あとがき)
ジャスティン・ビーバーの曲に「ゴースト」というのがあります。
今とても気に入っている曲で、レーナさんちで紹介しました。
このコロナ禍で大切な人のことを思う、そんな気持ちになったこの1、2年です。
大事な人を失った人々を思い、ジャスティンが書いた曲が「ゴースト」です。
実はこの曲、12月に入ってから流れるようになりました。
MTVでも上位に掛かっています。
これにインスピレーションを受け、フィクを書いたのですが、内容的には929っぽ
くなっちゃったかな、と。
もしこの曲がその時期だったら、もっと929らしい内容になったかもしれません。
ビデオもご覧になっていただけると嬉しいな・・と思っています。