『 福袋騒動  』




             年も明け、町も賑やかさを取り戻し町行く人々も多くなって来た。
             そしてここスナックジュンでは時々来客があったものの、若者の姿はまばらで、
             そんな時は決まっていつものメンバーが来ていた。
             しかしカウンターの奥には甚平しかおらず、ジュンはどこかへ出かけてしまって
             行った。
             なので甚平はこんな事を言った。
             「と言う訳でさ、朝早く出て行っちゃったんだよ。ったく、店ほったらかして
             さ。」
             すると健は笑った。
             「おいおい、甚平。もしかしたら仕返しされたんじゃないのか?ジュンの話
             じゃ、お前はしょっちゅういなくなるみだいだしな。」
             「えー、そんなあ。」
             「きっと、そうだわ。」
             「ちぇっ。あ、それよりさ、これみんなで食べてくんない?」
             甚平はお重を持って出て来た。
             「うへっ、おせちかよ。オラ、飽きたわ。」
             「そんな事言わずに食べてよ、竜。」
             「俺は遠慮するぜ。」
             「ダメだよ、ジョーの兄貴。」
             「俺の好みに合わねえ。」
             「もうっ、好みの問題じゃないんだよ、おせちってね、色々言い伝えがあるんだ
             ぜ。兄貴や竜は知ってると思うけど、ジョーの兄貴も勉強した方がいいよ。」
             ジョーは皮肉っぽく笑った。
             「ふん、お前の口から”勉強”ってのが出るとは思わなかったぜ。」
             甚平はジョーの言うのを無視して説明を始めた。
             「この黒豆はね、”黒く日焼けするほど達者(マメ)に働けるように”という意味
             があるんだ。」
             「なるほど、甚平のようにな。」
             「数の子は、”卵が多いから、五穀豊穣、子孫繁栄”、伊達巻きは、”巻物に似た形
             から、文化・学問・教養を持つ事を願う”ー」
             「おーい、甚平。もう話はいいから、食わせてくれよ。腹減ってきたわ。」
             「・・・分かったよ。ったく、竜は結局食う事ばっかり。」
             するとジョー。
             「竜、助かったぜ。」
             「もうっ、ジョーまで!」
             そんなところに大きな手提げ袋を手にしたジュンが戻って来た。
             「甚平、ごめんねー、なんか時間が経つの忘れちゃって。」
             「何だあ、買い物に行ってたのか。」
             「何だ、ジュン。こんな朝早くか?」
             「そうよ。今日は特に早いの。だって売り切れちゃうもの。」
             ジュンはその中から一つ紙袋を出すと、カウンター横に置いてそのまま上に上
             がった。
             甚平はやれやれとため息をついてその袋に近づいた。
             「お姉ちゃん、一体何を買って来たんだろ。そう言えば、卵とか牛乳が切れて
             いたなあ・・」
             しかし甚平は立ち止まり、ゆっくり耳を当てた。
             そんな彼の様子を見ていた健は声を掛けた。
             「おい、甚平、どうしたんだ?重たいのか?手伝うぞ。」
             甚平は、中からカチカチ、という音が小刻みに聞こえるのが分かって、思わず
             3人の所へ小走りに戻った。
             「・・・大変だ、兄貴。変な音がする。」
             「変な音?」
             「うん。・・・まるで・・そうそう、爆弾。」
             「”爆弾”?!」
             4人はどういうわけか固まってじっとその紙袋を見つめた。
             「あのさあ、俺たち、忍者隊だよね。」
             「今は違う。」
             「でもさ、こんなのわけないじゃん。」
             「それはジュンだ。」
             「そう言えば、ジュンのヤツどうしたんだ。降りてこないぞ。」
             すると甚平は恐る恐るこんな事を言い出した。
             「ねえ、ねえ・・・。もしかしてあれ、お姉ちゃんじゃないんじゃないの?誰
             かが変装してー」
             「へんそうー?」
             竜はやたら間延びした感じで言った。
             「だとするとー」
             「カッツェか。」
             「おい、カッツェがこんな子供じみたマネするか?ヤツだったらもっと小汚い
             手を使うぜ。」
             「それに、俺たちの素性は分からない筈だ。」
             そこへやっとジュンが降りて来た。
             「まあ何よ、みんなしてそんなところで固まったりして。仲いいのね。」
             「お、お姉ちゃん!・・・い、いや、オイラたちは騙されないぞ!一体お前は
             誰だ!」
             「え?いやだあ、甚平。一体どうしたの?」
             「・・ち、近づくなっ」
             ジュンはクスクス笑った。
             「変なの。あ、そうそう、あのね、これ、先のデパートで買って来たのよ。
             福袋なの。」
             すると男子4人は打ち合わせしたように口を合わせて言った。
             「福袋?」
             「そうよ、もう、大変だったんだからー。だって開店と同時に駆け出すんだも
             の。みんな落ち着けばいいのに。順番なんだから。」
             すると甚平はおずおずと言った。
             「・・あのさ・・お姉ちゃん・・それ、変な音がするよ。」
             「変な音?・・・あ、さては、甚平。見たわね。」
             「ええっ、見てないよ、ホントに。」
             「本当?」
             「ホントだよー。ねえ、兄貴たちも見てないよね。」
             3人は同時にうなづいた。
             「ったく、油断も隙もあったもんじゃないわ。」
             「見てないってのに。」
             ジュンは袋を開けた。
             「わあ、素敵なセーター!淡くて可愛い色だわー。あ、これは何だろ。」
             「ねえ、お姉ちゃん、早く音のするやつ出してよ。」
             「もう、何よ。せかさないで。あ、この箱だわ。」
             ジュンがそれを出すと、甚平は素早く3人のところへ逃げた。
             「わー、素敵!」
             4人は近づいた。そしてジュンがカウンターに置いたものを見た。
             それはアンティーク調の置き時計だった。中には小さなお人形がいて、時間が
             来ると踊り出すからくりになっていた。
             「何だ、時計か・・・。」
             健は苦笑いをした。
             「へえ、なんか外国っぽいね。」
             「ロココ調だろ。」
             ジョーがそう言うと、甚平は目を丸くした。
             「へえ、なあに、ロココ調って。」
             「バロックの次に流行った西洋美術の様式だ。この際だから勉強するか?甚
             平。」
             「・・・ちぇえっ」
             「そうね、これを爆弾だと思い違いするんですものね。」
             甚平は健たちを見た。何でバレたんだよ。
             ジュンは置き時計を大事そうに持ち、お酒の棚の上に置いた。
             「わあ、イイ感じ。何だか一気におしゃれになったわ。」
             「けっこう合うじゃないか。」
             「これで少しは見栄えもよくなったわさ。」
             「おい、竜、どういう意味だよ。ここは見栄えが良くないって言いたいのか?」
             「だってそうじゃろ。お客は来ないし、寂しい感じがするわ。」
             「・・竜って容赦ないなあ。」
             健とジョーは笑った。
             「さ、何か飲む?お腹空いたでしょ。ちょうどおせちの残りがあるからそれで
             もつまんでよ。」
             「えー、おせちはもういいよ。」
             「オラもういっぱいだわ。」
             「あら、やだ。竜ったら、ほとんど食べちゃったの?もう。」
             「食べる物なくたって、上手いコーヒーでもあれば十分だよ。」
             「健、作れる物がなくて悪うございましたね。」
             「おいおい、ジュン。」
             「しょうがねえなあ、オイラが腕によりを掛けて作ってやるよ。」
             「甚平、手伝ってやる。」
             そう言うと、ジョーはひょいっとカウンターを超えた。
             「本当?でも勉強はなしだよ。」
             「じゃあ指導にするか?」
             「もう・・。」

             外は冷たい風が吹いて町行く人々も来ているものの襟元を立てて歩いていたが、
             スナックジュンの中は賑やかな声と熱気で暖かかった。
             やがて置き時計は最初の時報を知らせ、中の人形たちが軽やかに踊り始めた。
             5人はそれを眺め、束の間の平穏を噛み締めていた。





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