『 ママの想い 』




                日差しが建物を照らし、明るい白がその町全体に広がっていた。
                大人たちは挨拶を交わし、談笑している。そしてその合間を縫って
                子供たちが走り回って遊んでいる。
                そんなのどかな午後の昼下がり、数人の男の子たちが家々の並ぶ石畳
                の坂を駆け抜けていった。
                ジョージは町の悪友たちといつもこんな風に遊んでいた。子供たちが
                元気よく遊んでいる姿は特に変わった感じには見えないため、町の
                大人たちは彼らが昼間から駆け回っている事に関して気にする事は
                なかった。
                でもジョージは大人たちが知る由もない事情があった。
                彼は友達とも別れ、自分の家に戻ってきた。
                「ただいまー」
                ジョージは元気よくそう言ったが、やがて息を吐いてトボトボと中へ
                入って行った。
                「・・・・・誰もいないんだった。」
                しかし彼はトトトト・・と小走りに家中を移動し始めた。
                もしかしたら、両親が早く帰ってきて、自分を脅かすためにどこかに
                隠れているかもしれない。
                そう思うと何だか遊んでくれている気になって彼はウキウキしてきた。
                しかし。
                「・・・やっぱりいないや。」
                ジョージは居間にある大きな窓を開けた。風が入ってカーテンを優しく
                揺らした。
                彼は窓枠に両手で顎をついて外をぼんやり眺めた。
                「・・・早くお休みにならないかなあ。・・そうすれば、ママもパパも
                帰ってくるのに・・」
                ジョージの両親はいつも家を留守にしていた。そして彼らはほぼ週末に
                なると帰ってくる。前は父親のジュゼッペは休みがあまり取れなかった
                のだが、ジョージの相手をしたいとのことで毎週帰るようにしていた。
                ジョージは遠くの親子をぼんやり見つめた。
                どうしてボクのママとパパはいつもいないのかなあ。
                だいじなおしごとしてるって言ってたけど・・。
                そんな時に駆けてくる女の子の姿があった。
                「ジョージくん!」
                ジョージは彼女を見た。
                「なあに、レナちゃん。」
                「一緒にあそぼ。レナ、一人なの。」
                「ふーん。ボクもだよ。でもママもパパもいないから家にいなくちゃ
                いけないんだ。」
                ジョージはとたんに目を輝かせた。
                「そうだ、中に入りなよ。ボク、何か作るよ。」
                「うん!」
                ジョージはドアを開けて、レナを中に入れた。
                そして彼は台所に来ると、彼女を座らせて冷蔵庫の中を覗いた。
                やがて彼はグラニュー糖やら薄力粉やらを材料をいろいろテーブルの上
                に並べた。
                「なに作るの?」
                「アマレッティだよ。」
                「わあ、レナ、アマレッティ大好き!」
                アマレッティとは、アーモンドの香りのするビスコッティである。
                グラニュー糖と薄力粉、アーモンドパウダーを混ぜたものに卵白を加え、
                こねてオーブンで焼く。他のビスコッティに比べて時間がかからないか
                ら、彼でも出来るのだ。
                レナは嬉しそうに目を輝かせて見ていた。


                やがて、しばらくして家に近づく2人の人影があった。
                「あの子、元気にしてるかしら。」
                「してるさ、このところしっかりしてきたしな。」
                「びっくりするわね、こんなに早く帰ってきたら。」
                ふふとカテリーナは微笑んだ。そしてジュゼッペはそんな彼女を見て
                同じように笑った。
                「そうだな。」
                2人は家の前に来た。そして中へ入った。
                「ジョージ、いるのか?」
                ジュゼッペはそう呼んだが、家の中はシーンとしてことりと音もしない。
                「どうしたんだ?靴はあったからいると思うが。」
                カテリーナも見渡した。帰るといつもまっさきにどこからから飛び出して
                ママー、と抱きついてくるのに。
                そんな彼女は奥の居間まで行き、足を止めた。
                「あら・・・・・。あなたー」
                ジュゼッペもやってきて、おやおやという表情をした。
                窓に向かって置いてあるふかふかのソファの上で、気持ち良さそうに寄り
                添って寝ているジョージとルナがいた。
                ジュゼッペは思わずこんな事を言った。
                「ふ〜ん、抜け目のない奴だな。いったい誰に似たんだ?」
                「あら、あなたに似たんじゃなくて?」
                「ふん。」
                ジュゼッペは行ってしまい、カテリーナはくすっと笑った。
                「・・・疲れちゃったのかしら。」
                カテリーナは毛布を持ってきて2人に掛けた。
                (・・・こうやってジョージも独り立ちして大きくなって行くのかしら。
                いつも甘えてばかりだったのに。)
                カテリーナは一人想ってじっとジョージを見つめ、そっと髪を撫でた。
                そして子供の成長を考えると寂しくもあったが、一方で頼もしく我が子
                の寝顔を優しく見つめた。
                カテリーナは2人を起こさないように静かに離れた。
                目を覚ましたこの子たちがびっくりする仕掛けでも作ろうかしら。
                そんな事を思いながら。





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