『花』
スナックジュンのカウンター席にいた健は、ふと隅の方に目を遣った。
「あれ、ジュン。この花、どうしたんだ?」
奥の方にいたジュンは顔を上げてその先の花が咲いている鉢を見た。
「お客様から頂いたのよ。…健?これずいぶん前からあったんだけど?
今頃気づいたわけ?」
「えっ……そ、そうなのか?」
ジュンはため息をついた。すると横から甚平が顔を出してこう言った。
「それ、一時枯れそうなってたんだぜ。でも、ジョーの兄貴が、可哀想
だって世話してくれたんだ。」
「へえ、オラも知らなかったぞい。」
健の隣に座っていた竜はしげしげと花を見て言った。
「やだ、竜も知らなかったの?……これだから参っちゃうわ。」
「仕方ないじゃないか。枯れそうだったんなら尚更気づくわけないよ。」
ジュンはふーんという表情をし、腰に手をおいて健を見た。
「あら、ジョーは気づいたわよ。誰かさんと違って。」
「そ、そうだ、ジョーと言えばあいつ、例のところだよな。ーちょっと
行って来る。」
健はそう言うと立ち上がって出入り口に向かって歩いた。
「健!まだお代をもらってないわよ!ーもうっ、相変わらず逃げ足が速
いんだから!」
「アニキはお姉ちゃんといるより、ジョーといる方が生き生きしてるかもね。」
「そうでしょうね。」
ジュンは奥へ引っ込んでしまった。甚平はそんなジュンを見て腕を組んだ。
「あれー、認めちゃうわけ?」
「だけど、意外だわー、あのジョーがのう。」
「うん。でもさ、案外そう言うところ、ジョーの兄貴ってあるんだよ。分か
んねえのはアニキだよ。あのトンチキは生まれつきなのかな?」
「そうかもしんないなあ。」
甚平と竜は笑い合った。ジュンはカウンターの上を拭きながら彼らにぴしゃり
と言った。
「ほらほら2人とも、いつまでおしゃべりしてないで何か食べるか飲むかして
よ。」
「じゃあオラ、またいつもの頼むわ。」
「えっ、また食うの?もう5皿目だよ!」
「いいじゃんか。客はオラ一人しかいないし。」
「全くだわ。誰も来やしない。」
「それでも全然来ないよりマシだろ。」
「そりゃそうだけど…。あー、そうだわ。ジョーに、仲間を連れて来てもら
おうかしら。世に知れ渡ったレーサーならきっと素敵な人たちだわ。」
甚平は、まるで夢見ているみたいにうっとりとした表情のジュンを見てあっ
けにとられた。
「あれ、お姉ちゃん。アニキはどうすんのさ。」
「知らないわよ、あんな人!」
甚平と竜は顔を見合わせ、甚平は思わずこう言った。
「やれやれ、アニキ、当分ここへは来れないな。」