『 父と して 』



                  およそ人の寄り付かない山奥のその下にその基地はあった。
                  そこにはたくさんの人たちが働いていた。が、そこの仕事は普通の地
                  上のそれとは大きく違っていた。
                  彼らは様々な器具を使い、何かを作り、世界から集めたデータを調べ
                  てそれを元に何かの作戦を立てていた。
                  それを地球や人類の平和に役立てようとしているのなら特に問題はな
                  い。
                  しかし彼らはそれらで世界征服を企てているのだ。そしてそれは着々
                  と、人類の知らないところで進められていた。


                  そんな部下の仕事ぶりを監視する一人の男が歩いていた。そして能率
                  が上がらない者を見ると叱咤するという一面もあったが、それでも決
                  して手を上げたり、罵倒するなどもしなかったので、部下からの信頼
                  は厚かった。
                  「あー、しんどいなあ。いつまでこれをやってなくちゃいけないん
                  だ。」
                  「まあそうぼやくな。これが終われば少しの間休める。」
                  「あんまり愚痴っていると見つかるぞ」
                  「酷いとこれだしな」
                  一人がそう言って首を斬る仕草をすると、そこにいた者たちは身震い
                  した。
                  「おお、こわ。上まで話がいったらお終いだ。」
                  「どうせ見つかるのなら、アサクラさんがいいな。」
                  「そうだな、あの人は他の幹部たちよりこちらの気持ちを汲み取って
                  くれる。」
                  「しかし・・ここではあの人のような者はやっていけないだろうな
                  あ。へたしたら上の連中が目をつけるだろ。」
                  「何もなければいいがなあ。アサクラさんには何となくここにいて欲
                  しくないものだ。」
                  すると彼らの上で怒鳴り声が聞こえた。
                  「こらあっ、お前ら!口を開く暇があったら手を動かせ!鞭で打たれ
                  たいかっ」
                  「すんません・・。」
                  一同は肩をすくめて小ぶりの男を見上げた。男はぶつぶつ言いながら
                  立ち去った。
                  「・・・ったく、あいつは怒鳴ってばかりで嫌いだぜ。」
                  「ああ、イヤなヤツだ。」


                  廊下を歩いていたジュゼッペ・アサクラはどこからか子供の泣き声が
                  聞こえるのに気付いて足を止めた。そして聞こえるドアに近づいて開
                  けた。
                  すると2、3人の隊員が並んで座っている子供達を一人ずつ連れて来
                  て自分の側に座らせた。手に注射らしきものを持っている。
                  ジュゼッペは一人に近づいた。
                  「それは何だ。」
                  「あ、アサクラさん。これは・・薬です。」
                  「・・・薬?・・・で、この子達は?」
                  「仲間の子供ですよ。」別の隊員が泣く子供を押さえながら答えた。
                  「この子達をギャラクターの立派な隊員になるため教育するために洗
                  脳させる薬を打っているんです。」
                  「・・・・・。」
                  そして黙って泣く子供の腕に注射を打とうとした最初の隊員に言っ
                  た。
                  「やめるんだ。」
                  「ダメです。これは絶対のご命令です。」
                  「・・ご命令?・・・・カッツェか。で、お前の子は?」
                  男はうつむいた。
                  「・・・もう他の部屋でー」
                  「アサクラさん、ここは見ないふりして立ち去った方がいいです。幹
                  部の方は、本来知らない事ですから・・。」
                  そして彼はジュゼッペを見た。
                  「・・・アサクラさんには坊やがいるでしょ。・・・忘れた方がいい
                  ですよ。」
                  「・・・・・。」
                  そして続けようとしたが、ジュゼッペが彼の腕を押さえた。
                  「やめろ。」
                  そしてまだ打たれていない子供達に向かって叫んだ。
                  「逃げろ、黙って遠くまで走るんだ。」
                  子供たちはいっせいに開いているドアから出て行った。隊員たちは慌
                  てた。
                  「ダメですよ、そんな事したらー」
                  「責任は俺が持つ。大丈夫だ、お前達の事は守るから。」
                  「・・・・・。」
                  隊員達は顔を見合わせた。


                  「・・・何?ジュゼッペ・アサクラが?」
                  「はっ」
                  「う〜む・・・一体何のつもりだ。して、その隊員どもはどうした。
                  処分したか。」
                  「いえ、それが・・どこにも姿がありません。恐らく、ヤツが逃がし
                  たものかと。」
                  「如何致しましょう、カッツェ様。」
                  「消せ。ジュゼッペ・アサクラを消すのだ。そしてその家族もな。反
                  旗を翻したらどうなるか、目に物を言わせてやる!」




                  ジュゼッペは自分の膝の上にジョージを乗せて本を読んでいた。
                  台所ではカテリーナが料理を作っているらしく、とてもいい匂いが
                  漂ってくる。
                  なのでジョージはこんな事を言った。
                  「お腹空いたね、パパ。」
                  「そうだな。ママの作る料理は特別に美味いからな。」
                  ジュゼッペは本の挿絵を見ているジョージを見下ろした。そして彼を
                  見ているうちに、あの恐ろしい光景を思い出した。あの時いた子供達
                  はちょうど彼くらいの幼い感じだった。
                  「・・・ジョージ。」
                  「なあに?」
                  「パパの事、好きか?」
                  「うん!好き。」
                  「どのくらい?」
                  ジョージは首をかしげた。
                  「う〜んとね・・えっと・・・」
                  そしてしばらく考えた彼はにこっと笑ってジュゼッペに抱きついた。
                  「このくらい!」
                  ジュゼッペは笑ってジョージの髪をクシャクシャにし、そしてぎゅう
                  と抱きしめた。
                  あの恐ろしい光景が脳裏に浮かび、あまりの衝撃に身を震わせた。
                  (・・・この子を守らなければ・・。絶対にギャラクターに入れては
                  いけない。)
                  ギャラクターはきっとあのようにして次々と代々人間たちを組織に入
                  れて来たのだ。
                  しかも、まだ幼いうちに薬を使うなんて・・・・。
                  ジュゼッペは今更ながら恐ろしくなった。自分は今まで何の疑いもな
                  く来てきた。
                  そしてここは裏ではこのような非人道的な事がずっと行われて来たの
                  だ。

                  この子のためにもあの場から離れるべきだ。
                  彼は決心した。そして自分を呼んだ息子を見下ろして微笑んだ。


                     ー完ー






                                fiction