『 父 と子と 』




               ジョーはうつむいていた。
               彼は両腕を鎖で繋がれ、全身傷だらけで息も絶え絶えだった。
               単身ギャラクターの基地に乗り込んだものの、取り囲まれてブレスレットを
               破壊されついに捉えられてしまったのだ。
               ジョーは彼の意識が薄らいで行く中でも先ほどのカッツェの声が脳裏に蘇っ
               てきた。

               カッツェは彼を見て薄ら笑いを浮かべて近づいて来た。
               「ご機嫌いかがかね、コンドルのジョーくん。いや、ジョージ・浅倉。お前
               の本当の名だ。」
               そうか、こいつは俺の実名を知っているのか。BC島で俺を追いつめたのはや
               はりこいつの指示だ。
               カッツェは続けた。
               「そしてお前の父親はジュゼッペ・浅倉。我々を欺いた裏切り者だ。」
               そして彼の顎をしゃくり上げた。
               「これは傑作だ、親子共々我々ギャラクターに歯向かうとはな。血は争えん
               な。・・・本当にお前はそっくりだな、あの愚か者に。」
               ジョーはカッツェを睨んだ。
               「・・・。」
               カッツェは手を離していきなりジョーの頬を平手打ちした。そしてうなだれ
               た彼を見た。
               「前にも言ったろう、わたしはお前のその目つきが嫌いなのだ。そんな目で
               わたしを見るな。」
               そしてカッツェはマントを大げさに翻し、こう言った。
               「命が惜しかったら大人しくすることだ。最も、もうお前は空も飛べないの
               だから逃げることも出来ないがな。ーこいつを見張ってろ。変な事をしよう
               ものならもっと痛めつけろ。死なない程度にな。」
               見張り役のギャラクター隊員は敬礼をしてカッツェを見送った。


               ジョーは静かになった周りをゆっくり顔を上げて見渡した。いつのまにか彼
               一人になっていたらしい。もしブレスレットがあって、元気な体の頃だった
               ら簡単に逃げ出す事が出来ただろう。
               しかし彼の体はもう以前のようなものではなかった。
               不治の病に冒され、しかも命の灯火がかなり薄れてきているためか思うよう
               に力が出ない。
               もどかしい・・だが彼の意志ではどうする事もできない。
               と、そんな中靴音が聞こえて来た。誰かが近づいて来る。またカッツェが嫌
               味を言いに来たのか。
               そこへやってきたのは一人の隊員だった。しかし胸を張り堂々としていたの
               できっと上位の位置にいるヤツだろう。
               ジョーがどんなヤツかと男を見ていると彼はふんと鼻で笑った。
               「驚いたなあ、忍者隊を捕まえてみたら、元幹部だった男の息子だって言う
               じゃねえか。」
               そしてジョーをじっと眺めた。
               「お前さんは知ってたのかい、親父さんがここにいた事を。まあ知ってたら
               多分俺たちに向かってくるどころじゃねえだろうなあ。」
               男は懐からタバコを取り出して火をつけ一口吸うと、ふっとジョーの顔に吹
               きかけた。
               ジョーは顔をしかめて咳き込んだ。
               「あいつもバカだなあ、大人しく従っていればそのまま安泰な生活が出来た
               のに。へたに人間の心を持ち続けたからだ。お人好しもいいとこだ。」
               ジョーは男を睨んだ。
               「・・・・親父の事を悪く言うなっ・・・俺に言わせりゃ、親父の方が正し
               い事をしたんだ。お前らのやり方の方が間違ってる。・・・最低だぜ。」
               「うるせえっ」
               男はジョーの髪を掴んで顔を近づけた。
               「ギャラクターは今に世界の頂点に立つんだ。そしてこの地球は我々のもの
               になるんだ。それを邪魔するものはたとえ仲間でも容赦しないんだよ。分
               かったか、ヒヨッコ。」
               「・・・顔をどけろ。臭い息を吐きかけるな。」
               ジョーは男のやに臭い息に顔をしかめた。ちぇ、と男は乱暴に彼を離して立
               ち去った。
               「・・・・・」
               ジョーは目を閉じた。次第に体の感覚がなくなっていく感じがした。
               鞭打たれ、体のあちこちから出血しているというのに不思議と痛みはなかっ
               た。というよりもう感覚がないのだろう。
               このまま俺は死んでしまうのだろうか。そうすればあれほど恋しがっていた
               両親に会えるのだろう。
               でもその前にする事がある。せっかく本部を見つけたのに健たちに連絡も出
               来ずに逝ってしまうのは避けたい。それが彼自身、ここまで生きてきた糧
               だった。それを全うするまで召されるわけにはいかない。

               また足音が聞こえて来た。
               ジョーは目を開けたがまた目を閉じた。また自分を見にやってきたのか。俺
               が大それた事をしでかした幹部の息子という事で興味を抱いて見物にやって
               くる。
               どうせそんな好奇の目で近づいてくる奴らだろう。
               やってきた一人の隊員はジョーを見て手にしていた銃をしまった。そして
               ゆっくりと近づいて言った。
               「ジョージ・・・君がジョージか。随分大きくなったもんだな。まあ、俺も
               その分年取った、という事だな。」
               ジョーは顔を上げた。男はマスク越しだったが、微笑んでいるのが分かっ
               た。
               「お前さんの親父さんと同期だったんだ。」
               彼はそう言った男の顔を見た。口元にはかすかに皺が見える。ちょうど父親
               と同じくらいの歳か。
               「なるほど、良く似てる・・。あの頃のジュゼッペの面影があるな。」
               男は一息入れて続けた。
               「彼はギャラクターにいるべき人物じゃなかったよ。俺は何回か彼と話をし
               た事があるが、なんというか・・・心優しい男だった。そんな彼は同じ隊員
               の女性と知り合ったと話してくれた。彼女もまた幹部に所属していた。俺に
               も紹介してくれたが、とても穏やかな美しい人だった。
               彼女もまた、ここには似つかわしくない感じだったよ。同郷が同じ、という
               事で意気投合したんだろうなあ。・・・そしてしばらくして結婚すると言っ
               て来た。もちろん、我々も祝福をしたよ。端から見てもお似合いの2人だっ
               たからね。」
               ジョーは両親の出会った話を聞くのは初めてだった。あまり触れなかったの
               は、ギャラクターという組織の一員だったという事実があったからだろう。
               自分の息子には話せる余裕などなかったのだ。
               「やがて、彼は子供が出来たと嬉しそうに言っていた。そしてその子が産ま
               れると事ある毎に話してたよ。うんざりするくらいにね。」
               男は笑った。
               「ある日写真を見せてくれた。お前さんが5歳くらいの時だった。とても悪
               戯好きの利かん坊でいつも手を焼いているんだ、ってね。ママが好きでいつ
               もまとわりついて甘えてばかり、自分が叱るとすぐに母親の方へ逃げて助け
               を求めるから自分はもう悪者として認めるしかないな、とも言っていた。」
               ジョーはうつむいた。
               「子供と奥さんの話をしている時のジュゼッペの顔はとても穏やかだった
               よ。2人をとても愛しているという事が伝わって来た。・・・本当にいいヤ
               ツだったんだがな・・。あんな事になって。みな、酷くショックを受けてい
               たよ。中にはバカだな、なんて言うヤツもいたがね。」
               そこで男は止めた。何かの合図らしい音が響き渡ったからだ。
               「・・・集合らしいな。何かあったらしい。(ジョーを見る)こんな痛々し
               いのを見るのは嫌だな。」
               男はそう言うと、ジョーの両腕を掴んでいた鉄の枷を外し、自由にした。そ
               して驚いて自分を見たジョーにマスク越しで優しい視線を送った。
               「親父さんたちを恨むなよ。彼らはお前さんをとても大切に思ってた筈だ。
               あの2人もお互いに愛し合ってた。・・・俺はそれに比べ、意志の弱い人間
               だ。せっかく俺の子供を逃がし、そして俺をも解放してくれたのに・・・。
               俺は結局ここへ戻って来てしまった。」
               男は一旦うつむいたが、顔を上げた。
               「ジュゼッペは最後まで人間の心を捨てなかった。・・・もし彼に会った
               ら、よろしく伝えてくれ。・・もう二度と会う事もないだろう。じゃあ
               な。」
               男はその場を離れ、そして視界から消えた。
               ジョーは壁に寄りかかった状態でしばらく目を閉じていた。彼の脳裏には微
               かに残る幼少の頃の在りし日の両親の姿だった。
               確かに彼の記憶には、ギャラクターなんて微塵も感じられない普通に穏やか
               な彼らの姿しかない。
               そう、彼らはお互いにごく普通に愛し合い、そして自分をも深い愛で包んで
               くれた。
               そんな彼らがギャラクターの幹部として君臨していた。恐ろしい企てにも手
               を染めていた事だろう。
               2人を変えてしまったギャラクターが憎い。そうだ、奴らを倒さなければ。
               俺には最後の仕事が残っている。

               自分の入っている牢の鍵はいつのまにか開けられていた。先ほどの男が抜い
               て行ったのだろう。
               ジョーはそんな彼の意図を汲み、意を決して外へ出た。
               そして出口らしき場所を探そうと歩き出した。
               ここを教える事が自分に残された最後の仕事なのだ。

               ジョーは入り込む光を頼りに歩き、そして上を見上げたー。





                                fiction