『 逃亡の日 』
カテリーナは海の方を見つめ、その幾度となく押し寄せる波の音を
聞いていた。
そんな彼女のところへジョージがやってきた。後ろに手をやって何
かを隠している。
「いいもの見つけたよ。」
「なあに?」
彼は貝殻を差し出した。
「ママ、見て。」
「あら、綺麗な巻貝ね。」
彼女は小さな彼の手から貝を受け取り、耳にあてがった。
「こうすると、海の音がするのよ。」
そう言って、不思議そうな表情をしているジョージの耳にそっと
当てた。
しかし彼は首を傾げた。
「...何も聞こえないよ、ママ。」
「あら、そう?」
「どうやったら聞こえるの?」
「ジョージがもう少し大きくなったら聞こえるようになるわ。」
カテリーナは彼を抱き上げ、膝の上に乗せた。
「これから何処へ行くの?どうしてお家に帰らないの?」
「..もうあのお家には住めないのよ。今度はみんな一緒にいられ
る所に行くの。」
「本当?ママと一緒にいられる?ずっと?」
「もちろんよ。」彼女は息子の髪を撫でた。「もう一人ぼっちには
させないわ。..今まで寂しい思いをさせてごめんなさいね。」
カテリーナは懐に銃を忍ばせていた。夫のジュゼッペも持っている。
何かあった時の護身用、そして自ら命を絶つために。
彼女はジュゼッペの言葉を思い出していた。
『ジョージを連れて逃げろと言ったが、もし捕まって連れ戻されれ
ばどんな仕打ちが待っているか分からない。
その時は、お互いに同時に撃とう。...ジョージは俺が撃つ。
一人残されても不憫だ。みなで一緒に天国へ行こう。』
「ママ..」
カテリーナははっとして腕の中を見た。ジョージは目を閉じ、眠っ
ていた。
彼女はそっと髪を撫でた。
(..ごめんなさい、こんなママとパパで...。あなたには何の
罪はないわ。ただ私たちの子として生まれたばっかりに...。
こんな思いをして。)
カテリーナはじっとジョージを見つめた。
(..どんな夢を見てるのかしら。)
彼女は幼い息子を見下ろしながら、これからはいつもこんな風に温
もりを感じられるのかしら、と思った。
そしてこれから始まる親子3人の暮らしを想像して微笑んだ。
これが親子の最後の時間になるとは、誰も夢にも思わなかった。