『イース
ター』
「甚平、これやろうか」
ジョーはカウンターの奥で静かに皿拭きをしていた甚平に声をかけた。さきほどジュンに
小言を言われてしょげていたのを見逃さなかったのだ。
「…何?…なんだ、ただの卵じゃんか。」
そう言った甚平はあれと目を丸くした。カラフルな絵が描かれている。
「何だあ、こりゃあ。絵が描いてある。ひでえや、これじゃあ食べられないよ。」
「向こうの角にある教会の前を通ったら子供がくれたんだ。今日はイースターだからな。」
「…いー…すたあ?」
「イースターの日には教会の子供達が卵に絵を描いてみんなに渡すんだよ。」
「へえ、そのいーなんとかという日って、みんなで卵を食べるのかい?」
「卵を食べる日、じゃねえよ。キリスト復活を祝う日だ。」
「キリストって死んじゃったの?」
「ああ。でも三日目に復活した、って話さ。卵はその復活の象徴なのさ。」
甚平は話を聴きながらも卵に描かれている絵を眺めた。
「何でジョーの兄貴はそんな事知ってんのさ。」
「俺が小さい頃、良く両親に教会に連れて行かれたからな。」
「ふーん。オイラだったらきっとじっとしてないだろうなあ。」
「俺は良く抜け出したな。」
「へえ!」
甚平は笑った。
「でもさ、オイラちっとも知らなかったよ…そのイースターってやつ」
「日本じゃクリスマスが盛大だが、他の国ではクリスマス以上に重要な日なんだぜ」
「そうなのかー。でもいいなあ、オイラも何か書きたくなったなあ。でも、うちには
卵はないし…」
しばらくしてジュンが戻って来た。手に大きな紙袋を抱えている。
「よいしょっと…。甚平を連れて行けば良かったわ。…そういえば、甚平、何してる
かしら。私も言いすぎたわ…。きっと落ち込んでるわね。」
彼女は荷物をカウンター奥のシンク横に置くと、甚平を呼んだ。
「甚平!甚平!いるの?」
「何だい?お姉ちゃん」
ジュンは駆け下りて来た甚平を見てほっとした表情をした。
「ああ、良かった。甚平、さっきは悪かったわ。一緒に買い物行けば良かったわね。
寂しかったでしょ?」
「ううん、ジョーが来てたから平気だよ。」
「あら、そうなの。」
ジュンはそう言ってカウンターの隅に目を留めた。そこには小さなかごに絵の描かれた
卵が2、3個並んでいたからだ。
「卵じゃないの。どうしたの。これ。」
「ジョーがくれたんだよ。イースターだって。」
「ああ、今日はそうだったわね。」
「ねえ、お姉ちゃん。これ、食べるのもったいないね。どうしたらいいかなあ。」
「いい考えがあるわ。」
ジュンはそう言って卵を慎重に半分に切り、中の白身と黄身を出した。ゆで卵なので
そのまま取り出せた。
そしてその殻だけになったものに綿を詰めて元通り糊で張り合わせた。
「これで大丈夫よ。」
「なるほど〜、お姉ちゃん、頭いい〜」
「後の2つも同じようにやっておいて。中は食べましょ。」
明日から4月。2人は卵を食べながら春の息吹を感じていた。