『幼き夢』



            南部は玄関先で目の前の少年を見つめた。
            歳は11くらい、鼻筋がすっきりとし、目が大きな可愛らしい少年だ。
            「健・・・くんだね?」
            「はい。」
            「さ、入りなさい。疲れただろう。」
            南部は健と言うその少年と共に歩き出した。
            「しばらくしたら色々見て回るといい。・・・ああ、そうそう、ちょうど
            君と同じ歳の子がいるんだ。その子は2年前からここにいるんだが・・・
            最近ようやく話が出来るようになってね。きっと君が来てくれたので、
            元気になってくれるかもしれない。一人で寂しそうだったからね。」
            博士は健を彼の部屋へ案内する前に、その同じ歳の子がいるという部屋に
            寄った。
            ノックすると、一人の少年がそっと顔を出した。
            「ああ、ジョー。友達だ。鷲尾健・・健でいいかな。健、この子はジョージ
            浅倉。私はジョーと呼んでいる。」
            健はジョーを見て、日本人じゃないんだと思い、初めて接する外国人に何だ
            か興味を抱いた。
            ジョーは、というとそんな自分をじっと見る健に不信感を抱き顔を背けたが
            博士の手前なので健を見るだけにした。
            「それじゃ、健。部屋に案内するよ。ジョー、ありがとう。これからは2人
            で仲良く遊ぶんだよ。」
            「・・・・・・。」
            ジョーは何も言わず、ドアを締めてしまった。
            博士ははあと軽くため息をついた。
            「・・あの子はここに来た時より少しはまともになったんだ。ご両親は2人
            ともあの子の目の前で死んでしまったのだ。」
            「・・えっ?」
            「殺されたのだよ。可哀想に、あの時は全く口がきけなかった。ショックが
            あまりにも大きかったのだ。」
            健はうつむいた。
            自分も母親はいない。病気で死んだ。父親は行方不明だ。
            でもそんな自分より酷い境遇の子がいるなんて。彼は小さいながらに悲しん
            だ。
            「健。どうかジョーの友達になってやってくれないか。同じ歳だし、きっと
            心を開いてくれるだろう。」
            健はまっすぐ博士を見つめ、うなづいた。
            「分かりました。」

            博士の家には書物がたくさん並ぶ図書室のような部屋があった。
            そこで健はその数ある中の棚の前で立ち止まり、その中から一冊を手にする
            と、パラパラとページをめくり出した。
            どのくらい経ったであろうか。博士はそんな彼を見て中へ入った。そして夢
            中で本を呼んでいる彼に声を掛けた。
            「ここにいたのか。何を読んでいるのかね?」
            「飛行機。ここには飛行機の本がたくさんあるんですね。」
            「ああ、そうだな・・。君のお父さんが良く読んでいたよ。」
            「・・・お父さんが?」
            「(うなづく)彼はとても仕事熱心で、常に男気あるヤツだったが、君の話
            になると人が変わったように穏やかな表情をしていた。君が可愛かったんだ
            ね。」
            ちょうどその時、部屋から出て来たジョーが廊下を歩いていた。
            彼は笑い声が聞こえたので開いているドアの中を覗き込んだ。そして楽しそ
            うな2人を見つめ、険しい表情になって今来たコースを引き返した。

            一人でソファに座り本を読んでいた健の背後で突然声がした。
            「おいっ、お前!」
            「えっ・・・・?」
            健は振り向いたが、背後からジョーが飛びかかってそのまま床に倒した。
            「・・な、何するんだ。離せよ。」
            ジョーは馬乗りになって健を殴った。
            「うるさいっ!お前生意気だぞ!来たばかりのくせに。」
            「くっ・・ええいっ」
            健はジョーの腕を払い、蹴飛ばした。それは彼自身体験した事のない動きだ
            った。なので自分でもびっくりして目を見張った。
            「やったな!」
            ジョーは怯む事なく健に飛びかかった。
            やがてそんな彼らの声を聞きつけ、博士がやってきて2人を引き離した。
            「やめなさい、2人とも。・・・一体何があったのかね?」
            「突然、飛びかかって来たんだ。」
            健がそう言うと、ジョーはキッと彼を睨みつけた。
            「お前が悪いんだ。」
            「何もしてないよ!」
            「ここには僕一人で十分だ!博士を取るな!」
            南部は、ははあと心の中でうなづいた。
            そうか、喧嘩の発端はこれが。そしてジョーに微笑んだ。
            「ジョー、この私を認めてくれたのかね?良かった。私が健ばかり可愛がっ
            てると思ったのならそれは違うぞ。君の事も同じくらい大事に思ってる。
            健と君が仲良くしてくれたら私はとても嬉しい。一人ぼっちでいた君が可哀
            想で私は辛かったんだよ。」
            そう言って博士は優しくジョーの頭に手を置いた。
            「さあ。2人とも握手して。仲直りしよう。」
            博士は2人を見守った。健とジョーはしおらしくじっとしていたが、健が手
            を差し出すとジョーもそっと手を出し、2人はぎこちなく握手をした。
            博士は微笑んで息を吐いた。
            そして少し肩の荷が下りた気がした。
            健は友人である鷲尾健太郎の息子だからしっかりしているし、ジョーもこれ
            で立ち直ってくれるであろう。

            博士はジョーが気がかりだった。ここにきてからずっと口数も少なく子供ら
            しい遊びもしなかった。
            そんな彼の心がかたくなになっていた理由の一つに、愛情に飢えていたとい
            う事実が分かったのが大きかった。きっと両親に愛されて育って来たのだろ
            う。それなのに、突然いなくなってしまうのだから情緒不安になるのも無理
            はない。
            博士は2人をそのままにして部屋を出た。



            「僕はパイロットになるんだ。」
            「パイロット?」
            「うん。お父さんと同じパイロットになって、この広い空を飛び回るんだ。
            お前は?」
            「レーサー。」
            「何で?」
            「かっこいいから。」
            「ふーん。」
            「何だよ、お前なんかパパのマネじゃんか。」
            「ふんっ」
            風が吹いて来た。
            草むらに寝転んで将来の夢を話す2人の上を優しく通り過ぎて行った。






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