『 思い出 』


             コーナーに差し掛かった時、ジョーは視線をちらと横へ動かした。
             (・・・?気のせいか?甚平がいた気がしたんだが・・)
             そして1周してまた同じ場所に視線を移すと、確かにピッチに甚平がぽつんと
             タイヤの上に座り込んでいた。どうやら一人で来たらしい。
             (店をほったらかしにして・・ジュンに叱られたのか?)

             甚平は大きくため息をついた。彼は顎に手をつき、ぼんやりして視線も泳いで
             いる感じだった。なので、やってきたジョーに気付かず、はあ、とまた大きな
             ため息をついた。
             「おい、甚平。」
             「ん。」
             「甚平!」
             「あ、ああ?」
             甚平は顔を上げ、ジョーを見上げた。
             「ジョー。」
             ジョーは甚平の隣に腰掛けた。
             「珍しいな、おめえがこんなところに一人で来るなんて。ジュンと喧嘩でもし
             たのか?」
             「違うよ。・・ちょっと見たくなってさ。前々から一人で来たかったんだ。
             またお姉ちゃんたちと来るとうるさくて。一人でしんみり見たくなったんだよ。
             どうだい?おいらも少しは大人になっただろ。」
             「何言ってんだ、おめえはまだ子供だ。」
             「ちぇっ。」
             ジョーは笑ったが、甚平の表情を見て覗き込んだ。
             「おい、甚平。何かあったのか?おめえが一人で来たい、なんて思ったって事
             は・・健の事だろ。」
             甚平は驚いたように顔を上げた。
             「ひゃあ、何で分かっちゃったのー?」
             「・・あんな事があったばかりだからな。」
             甚平はうつむいた。
             「・・・ずっと兄貴、来ないで家に閉じこもっているみたいだから、連絡した
             んだ。で、やっと来てくれたと思ったらずっと黙っててさ。あんな兄貴見るの
             嫌だから、ここへ来たんだ。」
             健は先のギャラクターとの一戦で、父の死を目の当たりにした。
             ギャラクターのV2計画により、降下したバン・アレン帯を元に戻すため、有
             人ロケットに乗って空に散ってしまったのだ。
             健はようやく会えた父親を失い、すっかり元気をなくしてしまった。
             そしてそれは、他の4人も目撃し、言葉を失うほどショックを受けた。健はあ
             れから暴走し、一時は仲間との仲も危ぶむところまで来た。
             そんな健はあれ以来スナックジュンにも顔を出さなくなってしまった。心配し
             た甚平は呼んだものの、健の姿を見るのに耐えられず、こうしてやってきた、
             という事だった。
             「おいらはさ、最初からいないから、わりとこんなもんか、って思ってたんだ
             けど・・兄貴はパパが生きているという思いがあったんだもんね。」
             「辛いもんだぜ、目の前で死なれるとな。俺は健がどんな気持ちでいるか痛い
             ほど分かるぜ。あいつも・・孤児になっちまったな。」
             「あのさ・・・前から聞きたかったんだけど・・・。ジョーの兄貴のパパと
             ママってどんな人だったの?」
             「何だよ、薮から棒に。」
             「だってさ、前に料理を教えてくれた時にママの話してくれたじゃんか。きっ
             と優しいんだろうなあ、って思ってさ・・」
             ジョーはもじもじしている甚平を見て笑った。
             「・・あんまり覚えてねえが、俺は悪戯ばかりしてた悪ガキだったんで、親父
             もお袋も手を焼いたと思う。だた・・思い出すのは、親父の暖かな腕の中と、
             お袋の笑顔だ。悪さしてた俺によく親父のカミナリが落ちたが、泣いていると
             きまってお袋が俺を抱きしめてくれた。」
             ジョーはコーナーを走り回る仲間の車を目で追った。
             「親父もお袋も叱るととても怖かったが、家にいるときはいつも遊んでくれた。
             2人ともいない時が多かったから・・俺は一人でいるのが多かったな。
             短い間だったが、いい思い出として未だに記憶に残ってるぜ。」
             「ふ〜ん・・・。オイラはいつもお姉ちゃんに怒られたり甘えたりしてるから、
             同じようなもんかなあ。」
             「ジュンは偉いな、同じ境遇なのに明るく振る舞って。本来なら自分だって親
             が恋しいだろうに。」
             「なあに、お姉ちゃんは男より強いから、大丈夫さ!ほんと、しおらしい事な
             んてひとつも出来ないんだから。あれじゃ、嫁の貰い手なんて一生ないぜ。」
             「おいおい、甚平。そんな事言うんじゃねえよ。」
             ジョーがそう言って頭をこづいたので、甚平は舌を出した。
             「もうそろそろ戻った方がいいじゃねえのか、ジュンが心配するぜ。」
             「あ、もうこんな時間かー。」
             甚平はスッと立ち上がったジョーを改めて見上げた。レースの途中だった彼は
             レーシングスーツに身を包んでいた。細身で背の高い彼は実にスタイルが良く
             女性ファンの心を虜にしていた。が、同時に子供たちにも人気があった。それ
             は甚平も例外ではない。
             「いいなあ、おいらも大きくなったら、ジョーみたいに・・・・ならないか。」
             「・・何か言ったか?」
             「ううん、こっちの話。」
             甚平はタイヤから降りた。
             「じゃあ、帰るね。今日は楽しかったよ。」
             「そうか?気をつけろよ。」
             「うん。」
             「時間がかかるかもしれねえが、あいつならきっとすぐに立ち直る。あいつに
             はまだまだリーダーとして俺たちを引っ張ってくれなきゃなんねえからな。」
             「そうだね。」
             甚平はジョーの後ろ姿を少し見ていたが、回れ右をしてその場から駆け出した。
             また健とおしゃべりが出来るといいな、と思いながら。






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