『 史上最悪 の作戦 』







               その日のスナックJのカウンターはいつもと違うピリピリとした空気が漂っていた。
               そこに並ぶように腰掛けている健、ジョー、甚平、そして竜の4人の表情は堅く、誰
               もが声を発しない異常な雰囲気だった。中で作業しているジュンは気に留めないふり
               をしていたが、やがてこう言った。
               「ちょっとー、何黙ってんのよ、まるでお通夜じゃないの。」
               「ダメ、集中して!」
               「・・・分かったわよ・・」
               ジュンはちょっとふくれた顔をしたが、やがて嬉しそうに言った。
               「できたわ!」
               4人は相変わらず険しい表情だ。
               彼女はお皿にめいめい盛りつけると、彼らの前にそれぞれ置いた。
               「さあ、召し上がれ!」
               4人は一斉に”それ”を覗き込むように見つめ、においを嗅いだり、触ってみたりした。
               「・・・これ・・大丈夫かね?」
               甚平が小声で隣の竜にささやいた。
               「においはいい感じだわ」
               「食うか」
               そう言って健が口に運んだのを見て、ジョーもとりあえずナイフを入れた。
               ジュンが作ったのは、どうやら”豚肉の生姜焼き”らしい。確かに竜の言うとおり、
               生姜のいい匂いがする。
               しかし・・
               「うわあ、お姉ちゃん、これまだ生だよ」
               「味がぜんぜんしないわ」
               「ゴムみたいだな」
               ジュンはええ?という顔をして見渡した。
               「あら、大変!お醤油を忘れてたわ!」
               「ええー?」
               でも竜は一口で食べてしまったようだ。甚平は呆れてこんな事を言った。
               「竜は食べられればいいの?こんなの腹壊すよ」
               「もうっ、何よ、甚平。あんたがまともなものを作らないとお嫁に行けないーって
               言うから頑張ったんじゃないの。」
               するとジョー。
               「まあまあ、ジュンにしてはよくやった方じゃねえか」
               「・・何よ、にしては、って」
               「ただ味付けと時間がなかっただけだろ。それさえクリアできりゃ、きっと旨く出来
               ると思うぜ」
               「そうかなあ」
               「ま、これから期待するとしようぜ」
               こうして彼らの試食の時間は終わった。そしてめいめい帰って行ったが、ジュンは何
               やら考えていた。
               きっとさんざん言われてショックで口が聞けないのか?と甚平が思っていたが、それ
               にしてはジュンの表情は何だか嬉しそうだ。
               「なあ、お姉ちゃー」
               「私、頑張るわ!」
               「え?何を頑張るの?」
               「お料理よ、何だか希望が出て来たの」
               「そう?あんなに言われても?」
               「あら、ジョーはちゃんと言ってくれたわ。」
               甚平はお姉ちゃんって単純だなー、そんなのよくあるお世辞に決まってるじゃんかと
               思ったが、ジュンはブレスレットを押した。
               「ねえ?ジョー。来てくれない?・・いいじゃないの、どうせ夜更かししてんで
               しょ。私、もっと上手くなりたいから教えてよ。待ってるわよ」
               「お姉ちゃん、ブレスレットそんな事で使っていいのか?」
               「堅い事言わないの」
               数分してジョーがやってきた。
               「ジュン、もう遅いぜ。明日にしたらどうだ?」
               「何言ってんのよ、鉄獣が攻めて来るかもしれないでしょ?”善は急げ”よ」
               ジョーは甚平を見たが、彼はすっと足早に2階へと駆け上がってしまった。
               (甚平の奴!元はといえばお前が・・)
               「ジョー、早く入ってよ。上手く出来るまで帰さないからそのつもりでね」
               「・・ちぇっ」

               2階で昆虫図鑑を眺めていた甚平のブレスレットが鳴った。
               「はい、こちらG4号」
               『おいっ、甚平!」
               「何だよ、ジョーの兄貴か」
               『甚平、何とかしてくれ!』
               「知らないよ。オイラ、関係ないもんねー」
               『・・てめえっ』
               「だいたいジョーの兄貴が悪いんだよ、突き離せばよかったのにさ」
               『・・ふんっ』
               「じゃあね、ジョー。頑張ってね」
               甚平はジョーの悲痛な叫びを遮るようにスイッチを切った。
               「ジョーの兄貴には悪いけど、静かになりたいんでね。・・ま、兄貴と違って、出来
               ないんだよね、ジョーの兄貴って」
               そしてベッドにごろんとなった。
               「お姉ちゃんに優しすぎるんだよね。だから、付け上がるんだ、お姉ちゃん」

               ジョーは思った。
               おだてて収めようとした作戦が、裏目に出てしまった、と。


               「ジョーの兄貴、いつ帰れるのかな」



                                ー 完 ー








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