『  神の使い 』





               健はベッドに寝転がったままじっと天井を見つめていた。彼の目は生気がなく、時々
               ため息をついている。そして時々小声で「・・許してくれ・・」と呟いていた。
               彼の近くにあるテレビは見ていないのに関わらず点いていて、ある外国の美しい風景
               を映し出している。
               健はぼんやりとした表情で画面を眺めた。とある紀行ものの番組だろうか。やがて画
               面に連なった山々が映り、そこをすうっと優雅に舞う何かが見えた。それは大きな翼
               を持った1羽の鳥だった。健はゆっくりと起き上がった。
               『・・南米にのみ生息するコンドル。太陽神インディを信仰したインカ時代に神の使
               いとして崇められ、彼らが姿を現すと乾いた大地に水が宿るという言い伝えがあっ
               た。神話にも登場し、国鳥として国旗にも描かれているー』


               健は外へ出ると、ガレージを開けた。
               「アニキー」
               振り向くと、甚平が駆けてきた。
               「何だ。俺は今から出掛けてくる」
               「何処へ行くの?オイラも連れてってよ」
               「悪いが、1人で行きたいんだ。」
               「・・何しに行くのさ」
               「神様の使いに会いに、な」
               「へ?神様?使い?」
               「ああ。また今度な」
               健はそう言うと、セスナに乗り込み、エンジンを吹かした。
               やがてセスナは飛び出し、甚平はじっとそれを見守った。
               「・・アニキ・・・」
               甚平は分かっていたのだ。健が1人でどこかへ行きたくなる気持ちが。
               なので、今来た道を引き返した。

               セスナを飛ばした健だったが、ちょっと不安でもあった。果たして到着できるだろう
               か。目指す場所はかなり高山地帯だ。ゴッドフェニックスで行けばひとっ飛びだが、
               竜を叩き起こす訳にはいかない。それに竜だって1人になりたいだろう。
               そう、彼らは大切な仲間を失ってからは何もするにも意欲がなく、ぼんやり過ごす事
               が多くなった。あまり会わなくなった。5人一緒に怒ったり笑ったりしていた頃が懐
               かしい。
               やがて目の前に壮大な山々の峰が見えてきた。アンデスだ。
               近づくと観光客らしき人物がたくさん登っている。みなコンドルを目当てに来ている
               のだろう。
               聞くと、彼らはいつも飛んでいるとは限らず、1日でも数回、もしくは不発、という
               話もある。会えたらラッキー、というわけだ。
               それでも毎日のように人が大勢やってくるというのだから、さすが神の使いと思わず
               にはいられない。

               健はセスナを降りると、山の麓を歩き始めた。標高があるせいか、日差しは強いが、
               少し肌寒い。しかし空気が乾いていてじっといたら乾涸びそうだ。
               彼は一応目印になる木とかを見ていたつもりだったが、気が付くと誰1人いない状態
               に置かれていた。
               「いけねえ・・迷ったかな?」
               健は空を見上げた。どこまでもまっすぐな青い空。雲一つない。
               彼ははあとため息をついて腰を下ろしてしまった。こんなところで人に会うなんても
               うないだろう。
               だが、と健は考えた。これであいつに会いに行けるかもしれないな。会って・・とり
               あえず謝ろうか。ぶん殴られるかもしれないな。
               「まあ、それでもいいさ」
               健は仰向けになって寝転んだ。日差しが眩しい。
               「喉乾いたな・・・水持ってきたんだっけ・・」
               しかし彼は目を閉じてしまった。高山に登ってきたためか頭がくらくらする。
               そんな彼は一瞬空が暗くなった気がして目を開けた。
               太陽の周りを何かが飛んでいる。
               そいつは大きな翼を広げ、羽ばたきもせずずっと同じところを旋回している。
               コンドルだ。
               健はまるで”彼”に話しかけているかのように言った。
               「・・おい、俺はここだ。降りてきてここへ来い。・・お前に食われるのなら本望だ
               ぜ」
               彼は目を閉じて寝た振りをした。すると、思った通りコンドルは急降下して近くへ降
               りて来た。
               羽根がかすかに顔をかすめた感じがして、健は目を開けた。
               するとコンドルと目が合った。翼を畳んでじっと健を見つめている。何だか首を傾
               げているようだ。
               「・・ふん、まだ生きてるじゃねえか、って言いたそうだな」
               コンドルは伸びをするように翼を少し広げ、嘴で羽根を繕い始めた。
               翼を大きく広げると全長約3メートル。確かにこう近くで見ると大きい。すっぽり覆
               い被さられたら見えなくなりそうだ。
               「せっかく会えたが、俺はこのまま旧友に会いに行くよ。食べられてもいいが、ちゃ
               んとした姿で行きたいのでね。遠慮するよ・・」
               健は目を閉じた。コンドルはどうするだろう。俺を食べるだろうか。そういや、そも
               そもこいつは人間を襲うのか?


               そんな事を考えている内に健は意識が遠のく感がしたが、何かが頬に当った。
               目を開け、触ると、水だった。それからポツポツ・・と降ってきた。雨だ。空も雲が
               覆い、涼しい。
               健は起き上がった。いつの間にやらコンドルの姿はない。
                ”コンドルが姿を現し、水をもたらすと言い伝えられているー”
               あのまま灼熱の太陽に晒されていたら、ホントに乾涸びてしまっただろう。
               助けてくれたのか。
               遠くには人影が見える。
               健は立ち上がって歩き出した。そして木々の影に置いていたセスナに近づいた。雨は
               いつの間にか止んでいた。
               (・・・変だな、だだっ広い砂漠に取り残されていたのに)
               すると、人々が歓声をあげ、一斉にシャッターを切り出した。
               見上げると、上空にコンドルが舞っている。しかも、1羽ではない。もう1、2羽も
               姿を現した。
               彼らは同じ動きをして実に堂々とした姿だ。
               「・・親子かな・・あの比較的小さいのは子供だろう。」
               健はそんな事を言った。そしてフロントガラスを開き、コクピットに入った。
               「・・奴らの悪事を払うために降りてきてそしてさっさと行ってしまった。・・お前
               は本当に神の使いだったのかもしれないなあ、ジョー・・」
               彼はエンジンを吹かすと、舞うコンドルたちを見つめた。
               「じゃあな」
               健を乗せたセスナは大空へ飛び立った。
               上空は、雨が降ったとは思えないほど晴れ渡っていた。






                                ー 完 ー




                   

                                 fiction