『 クリスマスの贈り物  』



             自室で車の写真集を見ていたジョーは、コンコン、ドアを叩く音に顔を上げた。
             そして本を置いて床に飛び降りるように足をつき、ドアまで行った。
             ジョーは開けてこう言った。
             「何だ、お前か。何だよ。」
             そこに立っていた健はたとえ目の前の子がぶっきらぼうに言っても構わない顔
             で言った。
             「ねえ、聞きたい事があるんだ。中に入っていい?」
             「聞きたい事?」
             「うん。」
             そう言うと、健はずかずかと入って行った。なのでジョーは諦めたようにドア
             をバンと閉めて椅子に座った。
             「話って何だ。僕は忙しいんだ。」
             「ふーん。あ、かっこいいー、車だ。」
             健はジョーが見ていた写真集の表紙を見て目を輝かせた。そこには黒い車体が
             キラキラ輝いていかにも速そうなスポーツカーが載っていた。
             するとジョーは先ほどまでの不機嫌さとは打って変わって楽しそうに言った。
             「いいだろ、大きくなったらこんなかっこいいのを乗り回してやるんだ。
              そしたら、女の子達の注目の的さ。お前だって飛行機をかっこ良く飛ばした
              ら、人気者になれるぞ。」
             「僕は女の子より飛行機だけでいいな。」
             「つまんないヤツだな。」
             そんな会話をしていた彼らはもう少しで本来の話を忘れるところだった。ので
             ジョーがこう切り出した。
             「ところで、用事って何。」
             「あ、そうだ。あのね。クリスマスって何をするのか聞きたくて・・。」
             「え?」ジョーは一瞬目を見開いた。「お前、クリスマス、知らないの?」
             「うん・・・。テレビでは良く見るけど・・ケーキ食べて、プレゼントもら
              って・・って楽しそうだけど、僕、あまりそういうのなかったから。」
             「何だ、お前のとこ、クリスマスやったことないのか。」
             ジョーはうつむいた健を見てちょっぴり可哀想に思った。
             「クリスマスってのは、酷く退屈だ、パパたちと教会行ったけど、お話聞い
              てなくちゃなんないし、ちっとも楽しくないよ。でも、町は綺麗だったよ。
              色々な飾りがしてあってね、クリスマスツリーが立ってて、キラキラしてる
              んだ。クリスマスにはパパもママも凄く優しくなるし、七面鳥を食べるんだ
              ぜ。こーんな(と身振りで教える)に大きいんだ。ケーキもあったけど・・
              ここみたいにでっかくなかった。」
             「へえ、鳥を食べるの。」
             「うん。クリスマスの朝には、ツリーの下にたくさんのプレゼントが置いて
              あるんだ。パパとママ、それにお爺ちゃんとかお婆ちゃんとか色々な人から
              くれるんだ。あ、そうだ、サンタってねー」
             ジョーはそこまで言ってあ、と口を押さえた。
             「何?」
             「ううん、何でもない。秘密だった。・・で、分かった?」
             「うん、だいたい。そうだよね・・・プレゼントか。ねえ!」
             「え?」
             健が急に大きな声で言ったので、ジョーはびっくりしたように彼を見た。
             「僕たちから博士にプレゼントしようよ。」
             「は?」
             「きっとびっくりするよ。」
             「そりゃそうだ、大人だもん。お前、バカか?プレゼントは子供へくれるん
              だよ。大人はくれる方だ。」
             「いいじゃない、博士だってもらったら嬉しいと思うよ。いつもくれるんじゃ
              大変だよ。」
             「お前、変だぞ。」
             それでも健は笑って続けた。
             「じゃあ、博士が何が欲しいのか調べようよ。もうクリスマスまで10日しか
              ないよ。」
             言うが早いか、健はドアに手を掛けた。
             「・・分かったよ。」
             ジョーは諦めたように頭を振った。

             それからというもの、2人は博士の身辺を嗅ぎ回り、探りを入れる事にした。
             いつも書斎に彼はいる事が多かったが、時々研究室や会議室に入ったきりなか
             なか出てこないときもあり、彼らをヤキモキさせた。
             ある日の午後、テラスで紅茶を飲みながら分厚い本を読んでいた博士は、ふと
             健が観葉植物の鉢の陰に潜んでいるのを見て、声をかけた。
             「ん?健、何だね?私に用事かね?」
             健はびくっとして博士を見た。
             「い、いえ、何でもありません。」
             そして慌てたように立ち去った健を見て博士は顎に手をやった。

             別の日、博士は自分のところへ遊びに来ていたジョーが見当たらないので探し
             ていた。
             (やれやれ、あの子はまた私を驚かそうとしてどこかに隠れているな。)
             博士は彼が隠れそうなソファの下や戸棚の後ろを探したが、見つからないので
             ふうと息を吐いて本棚のあるところまで戻った。
             そしてそこでじっと博士の机を見ているジョーを見て声を掛けた。
             「ジョー、何か探し物かね?」
             すると、彼は飛び上がるようにして博士を見上げた。
             「別にー何もしてないよ、ホントだよ。」
             ジョーは一目散に逃げるように行ってしまった。
             「・・・やれやれ、健もジョーも一体何の遊びをしているのだ。」

             それからというもの、たびたび2人が博士の身の回りで潜む姿が見られ、見つ
             かるとすぐに逃げてしまう光景があった。
             ので、研究員が博士に言った。
             「博士、あの子達は一体何をしてるんですかね。」
             博士は資料から目を離さず答えた。
             「男の子は冒険が好きだからな。ああ、刃物とか危ないものはちゃんとしまっ
             てくれたまえ。あの子達が怪我でもしたら大変だからな。」
             「はい、分かりました。」

             どんなに探っても博士の欲しい物は分からなかった。そしてそうこうしている
             うちにクリスマスイブになってしまった。
             博士は2人を呼んでプレゼントを渡した。彼らはもちろん喜んだが、ちょっと
             落ち込んでいるようにも見えた。健はおずおずと言った。
             「あの、博士・・僕たちも、博士に何か贈ろうと思ったんですけど・・。
              何も思いつかなくて。」
             博士はああ、という表情をした。それで私の身辺を探っていたのか。
             彼は笑った。
             「いや、いいんだよ。私はもう既にプレゼントを貰っているから。」
             「・・えっ?」
             博士は健とジョーの肩に手をやって、優しく話しかけた。
             「君たちがプレゼントだ。こうして、毎年無事に健康に育ってくれている事
              が、私にとっての最高の贈り物だよ。私は君たちの知っている通り、結婚も
              していないし子もいない。そんな私に、神様は君たちという素晴らしい子供
              たちを授かってくださったのだ。だから、私は他には何もいらないんだよ。」
             健とジョーはちょっと照れたように視線を落とした。そして照れ隠しのように
             外を見た健は目を見開いた。
             「わあ、雪だ。」
             ジョー、そして博士も外を見た。
             「ああ、本当だ。本格的に降りそうだね。これだと、明日は積もっているか
              な。」
             するとジョーが目を輝かせてこう言った。
             「そしたら、みんなで雪合戦しよう。」
             「うん。」
             「そうだな、風邪を引かないよう暖かくしてな。」
             博士は嬉しそうに外を眺めている小さな子供達を見つめた。
             こんな穏やかで幸せな日々がこのまま続きますように。
             思わずそう願った。

             雪はそのまま降り続き、翌日の朝は遊び回る子供達の笑い声で溢れていた。





                             fiction