『  お導き 』





                「ねえ、ジョー」
                トレーラーに遊びに来ていた甚平はともに島名物の菓子を食べた後、こう言った。
                「おいら、本物のクリスマスって知りたいんだ。兄貴は全然話になんないし、お姉
                ちゃんや竜だってダメっぽいし」
                ジョーはマグを置いて顔をしかめた。
                「え・・?俺だって、そんなにー」
                が、彼は甚平へ視線を向けた。
                「ああ、そうだ。一緒に礼拝に行くか?少しはどんなもんかわかるだろ」
                「本当?やった〜」
                甚平は喜んだ。ジョーはそんな彼を見てそんなもんかね、と思って微かに笑った。


                当日。
                教会へ続く道はたくさんの人々が歩いていた。
                そして彼らは引き寄せられるように次々と礼拝堂へと入って行った。
                中は広く、たくさんの机と椅子が並んでいる。教会の机は長細く、その後ろの机に
                は前の方に椅子部分があって、そこで人々は腰掛けて説教を聞いたり賛美歌を歌っ
                たりするのだ。

                正面に飾られた大きな十字架の前にはろうそくの火が灯っている。全部で4本。当
                日から数えて4周目前から1本つづ点けていくのだ。
                これは「アドベント(待降節)」と呼ばれ、キリスト生誕を待ちわびる儀式だ。
                「ふーん、カウントダウンみたいなもんだね」
                甚平はそう言ったが、ジョーは顎に手をやった。
                「・・ちょっと違うけど・・」

                やがて荘厳なオルガンの音が鳴り響き、礼拝が始まった。
                牧師が招詞(しょうし・招きの言葉)を述べ、皆で『主の祈り』を唱した。

                『天にまします我らの父よ、願わくは御名を崇めさせ給え。御国を来らせ給え。御
                心の天になる如く地にもなさせたまえ。我らの日用の糧を今日も与え給え。我らに
                罪を犯す者を我らが許す如く、我らの罪をも許し給え。我らを試みにあわせず、悪
                より救い出したまえ。国と力と栄えとは限りなく汝のものなればなり。アーメン』


                礼拝は、賛美歌を歌い、祈り、そして牧師の説教を聞くというスタイルだ。賛美歌
                では、オルガンの音色が会堂に響き渡り、雰囲気を味わせてくれる。
                特にこのクリスマス時期になると、待降節やご降誕の歌が多くなるので、気持ちも
                雰囲気も自然と引き締まる。

                「神は独り子を賜ったほどに、この世を愛してくださった」

                そんな中、幼い子供の洗礼式が行われた。今年生まれたのであろう。
                ジョーはそれを見ているうちに遠い昔を思い出した。
                「俺も赤ん坊の頃洗礼を受けたと親から聞いた」
                「ねえ、赤ん坊が生まれると必ずやるのかい?」
                「そうだな・・・特に俺の国はカトリック教国だから、皆生まれると連れてくる。
                ここでもやっているのか。知らなかったな。別にカトリック信者の国じゃないはず
                なのに」
                「へえ。おでこに水つけてら。あれならわかんないね」

                洗礼には教会のやり方が色々あるが、水をつける方法と、その名の通り水を張った
                箱状のものに身を沈める方法がある。
                洗礼とは、それまでの自分の罪や咎を洗い流し、新しく生まれ変わる、という意味
                の儀式である。

                やがて聖餐式(せいさんしき)が行われた。
                信者が前に進み出て、跪きキリストの肉と血を授かる、という儀式だ。

                「えー、肉と血って・・」
                ジョーは笑った。
                「たとえだよ。肉は”パン”で、血は”ぶどう酒”だ」
                甚平ははあっと大きく息を吐いた。
                もちろん実際には、ぶどう酒の部分はお酒ではなく、ぶどうジュースが一般的だ。

                見ると、次々と人々が進み出ている。こんなに信者がいたなんて。2人はそんなこ
                とを考えて見ていたが、やがて甚平は言った。
                「ねえ、ジョーは行かないの」
                「・・ああ・・洗礼を受けたのは赤ん坊の頃だし、ずっとご無沙汰してるからな
                あ」
                「いいから、行きなよ!イエス様に怒られちまうぜ?」
                ジョーは笑った。
                「わかったよ」
                甚平は前の方へ歩いていくジョーの後ろ姿を見てやれやれという表情をした。
                「ったくう・・世話がやけるなあ」
                しばらくして彼らの隣に座っていた老婦人が声をかけてきた。
                「坊やは洗礼をまだ受けてないの?」
                「えっ・・・ああ、そうなんです・・」
                「今日はご兄弟だけで?ご両親は?」
                「あ、あの、2人とも忙しくて」
                「そう」彼女は微笑んだ。「偉いわね、2人だけでも出席して」
                甚平はなんだか照れくさそうに笑った。

                会堂前には大きな木でできた十字架がつけられていた。
                ジョーはじっと見つめた。
                なんだお前は。今頃きたのか。
                そんな声が聞こえてきそうで彼は苦笑いをした。
                そして一方ではある親友の顔が浮かんできた。

                (俺がこんなところに来るのは場違いだったことわかってるさ。だが、やっぱりお
                前に詫びなきゃいけないっていう何かの導きなのかもしれねえな・・今更許してく
                れなんていうつもりはねえけど)

                席に戻ったジョーは甚平を見て言った。
                「おい、甚平。なんだよニヤニヤしやがって」
                「別にー」
                「気持ち悪いな・・」


                礼拝が終わり、人々は次々と教会を後にした。
                甚平は先ほどの老婦人と目が合うと、会釈をした。隣の老人は旦那だろうか。
                「ねえ、ジョー。おいら達兄弟に見えるらしいよ」
                「え?・・嘘だろ、全然似てねえじゃねえか」
                「でもあのおばあちゃんはおいら達のこと兄弟だと思ってるよ」
                「それじゃあ、健やジュンと来ればよかったな」
                「でもさ、さっきも言ったけど、あの2人は期待はずれだから」
                「あいつらが聞いたらどんな顔するかな」
                ジョーは苦笑いをした。

                と、教会庭に立っている、もみの木に足を止めた。まるで教会と競っているかのよ
                うにすくっと伸びている。
                枝にはたくさんリンゴが吊るされ、てっぺんには星が輝いている。
                この星は”ダビデの星”と呼ばれ、クリスマス当日につけるのが本来の形だ。リン
                ゴの赤色はもみの木の緑とともに永遠の命を表している。
                「ありがとう、ジョー。楽しかったよ」
                「そうか?それはよかった」
                「クリスマスは教会が一番だね!」
                ジョーは甚平の心底満足したような表情に笑みを浮かべた。子供の頃の自分はとい
                えば、両親の目を盗んで抜け出そうとしてたのに。

                2人は聖歌隊の歌声に押されるように今来た道を歩いて行った。
                上空では星々がひときわ強く光り輝いていた。



    
                            ー  完  ー





                       candle





   

                              fiction