『 カー
ネーション 』
外から空を眺めていた健は、誰かがドアをノックするのに気づいて、立ち上がった。
「はい」
開けると、そこにジョーが立っていた。彼はちょっと息を吐くと、何も言わずに中へ
入った。ので、健は少し面食らったが、ドアを閉めた。
「何か用」
ジョーは壁に寄りかかって腕を組んだ。そしてしばらく黙っていたが、こう言った。
「一緒に教会へ行こう」
「・・教会?」
今日は日曜日だ。5月の第二日曜日。
「でも、僕は別にクリスチャンではー」
「大丈夫だよ、誰でも入れるから。それに今日は”母の日”だ」
健はそれがどう教会に結びつくのか分からなかったが、言われるままに付いて行っ
た。
その教会は町外れの小高い丘の上にあった。中に入るともう半分くらいの人が座って
いる。
2人は大人達と混じって長椅子に腰掛けた。周りの大人達は子供たちだけでやってき
た彼らに目を留めたが、オルガンの調べが聴こえてくると前を向いた。
今日のお話は「母の日」だ。
昔アメリカという国のヴァージニア州に住んでいたアンナ・ジャーヴィスという女性
が、母親の記念会に母への感謝を表すため、教会にカーネーションを飾った事により
始まった教会の行事であり、毎年5月の第二日曜日はそれをお祝いしている。
賛美歌も母への思いを歌ったものだった。
会堂には多くのカーネーションが置かれていた。
「ご自身が母親の方はご自身に、そしてお子様や大人の方もどうぞご自身のお母様に
差し上げてください」
健とジョーも帰り際に1本のカーネーションを受け取って教会を後にした。
2人はしばらく花を見つめたりして黙っていたが、やがてジョーが言った。
「健の方が大きい」
「同じだよ」
「ふーん」
2人は顔を見合わせてほほ笑んだ。
戻ると彼らは花瓶に刺したが、ジョーはおもむろに膝まづいた。
どうやらお祈りをしているらしい。健も見よう見まねで手を組んで目を閉じた。
ジョーはこうやって毎年お母さんの事神様にお祈りしてるんだ。健はまた彼の知らな
かった事を知って何だか嬉しくなった。同じように母親を幼い頃に亡くした同士、
きっと仲良くなれるかもしれない。少しだけ。
「じゃあな」
ジョーは自分の花瓶を手にするとさっさと部屋を出て行ってしまった。そこが何とも
彼らしい。
健はじっと花瓶に刺さった1本の赤いカーネーションを見つめた。そして呟いた。
「・・・お母さん・・・」
健は目を閉じた。
自分の部屋に戻ったジョーはベッドに倒れ込むようになって横たわっていた。そして
窓際に置いたカーネーションの一輪挿しを見つめた。
「・・ママ・・・今日もお祈りしてきたよ」
ジョーは目を潤ませた。
「・・・また会いたい・・・」
そして1人しかいないのに、隠すように顔を埋めた。
2人のカーネーションは優しくほほ笑むように少しだけ揺れた。