『 奇跡 の鐘 』






                 空は漆黒の闇に包まれている。
                 だが、家々の軒先には明かりが灯り、それが心を暖かくしてくれる。
                 風が冷たいが、道行く人々には笑顔が浮かんでいた。

                 ジョーはそんな彼らをちらと見たが、特に気に留めない様子で歩き続けた。
                 (なぜ毎年この頃になるとこうして歩きたくなるんだろうなあ)
                 彼はそう思って足を止めた。そして目の前に建つ、教会を見つめた。

                 それはとんがり屋根の先に十字架をつけたシンプルな作りの建物だったが、入り
                 口にそびえ立つもみの木、そして中から聞こえるオルガンの音が荘厳だ。

                 そうだ、なんだか歩きたくなるのは、教会があるからだ。
                 子供の頃は親に連れらて来ただけしか思い出がないのに、今となっては無性に懐
                 かしく感じる。

                 なぜあんなに嫌がってたんだろう。今考えると不思議だ。


                 と、ジョーはそのもみの木の下で一人で遊んでいる男の子が目に止まった。7、
                 8歳くらいか。
                 こんなところで・・と彼はなるべく驚かせないように彼に近づいた。

                 「坊主、こんなところでいていいのかい?お父さんやお母さんは?」

                 すると男の子は少しも驚く様子もなくまっすぐジョーを見上げた。
                 「中にいるよ。つまんないから抜け出してきちゃった」

                 オルガンの演奏が聞こえてきた。中では礼拝が行われているのだ。
                 ジョーは笑ってしゃがんだ。

                 「俺も、お前くらいの時、つまらなくて抜け出したよ」

                 すると男の子は目を輝かせた。
                 「お兄ちゃんも?」

                 「ああ。確かに説教も退屈だな」

                 「うん、眠くなる」

                 2人は顔を見合わせて笑った。

                 「お兄ちゃんは、神様見たことある?」

                 「え?・・いや、ねえけど・・」

                 「そう。どんな人かな、優しい人かなあ」

                 「さあね」


                 「ジーノ!」

                 そこへ女性が息を切らしてやってきた。

                 「ママ」

                 「ダメでしょう、こんなところにいては」

                 ジョーはその子の母親か、と安堵した。そして女性と目があった時、ハッとし
                 た。
                 凛とした顔つき、ダークブラウンの輝く髪・・。
                 (・・おふくろ・・?!)

                 「あの・・どうかしましたか」

                 ジョーは我に帰り、不思議そうに自分を見つめる女性を見た。

                 「い、いえ、なんでもありません。すみません」

                 「お兄ちゃんがお話ししてくれたから平気だったよ」

                 「そう。よかったわね」

                 「またここに来たのか」

                 「あ、パパ」

                 男性はジョーを見た。彼は髭を蓄え、強面の男だった。
                 そしてじっとジョーを睨むように見つめたので、彼はぐっと息を飲んだ。ここは
                 直感からかやたらなことをしてはいけないと考えた。
                 が、女性が事情を話すと、男性は顔を緩ませた。
                 「そうか」

                 と、鐘が鳴り出した。

                 親子は教会を振り返った。ジョーも十字架を見つめた。光を放ち、もみの木も電
                 気が灯った。

                 「さ、行くか」

                 「ええ」

                 「じゃあね、お兄ちゃん」
                 男の子の灰色がかった青い瞳が輝いた。

                 「元気でな」

                 ジョーは両親に手をつながれて歩いていく男の子の様子を見つめた。
                 そして賛美歌が聞こえてきたため、また教会に目を向けた。
                 聖歌隊が礼拝から帰る人々を送るために並び、歌を歌っている。

                 ジョーは親子の後ろ姿を見ようと視線を戻したが、眉を寄せた。

                 「・・え?」

                 すでに3人の姿はなかった。
                 この道はずっと遠くまで見渡せる。目を離したのはわずかな時間だ。

                 (確かに向こうへ・・・)


                 (ジーノ!)

                 ”ジーノ”とは、ジョルジオ(ジョージ)の愛称だ。
                 カテリーナの自分の呼ぶ声が聞こえる。


                 (・・・・・)


                 ジョーの頬に温かいものが流れた。

                 鐘が鳴り響いた。
                 彼の両隣を人々が過ぎてゆく。時には笑い、皆笑顔で。

                 ジョーは涙をぬぐい、背中を押されるように歩き出した。


                 メリー・クリスマス。

                 世の人々の心に平安があるように。



                 ( Buon Natale, mamma, papà. )



                               ー Fine ー







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