『 つかの間 の安らぎ 』






                ジョーは、ISOに着くと、ロビーのソファーに腰掛けた。
                時折、白衣を着た科学者らしき者や背広を着た人などが通り過ぎるだけで、
                だだっ広い空間は深い静寂に包まれた。

                腕を組んで目を閉じていたジョーがあくびをしそうになったとき、南部博士が
                歩いて来た。
                「ああ、ジョー待たせて済まなかった。」
                「大丈夫ですよ、博士。ところで俺1人ですか?」
                「ああ、そうなんだ。君の意見を聞いてみようと思ってね」
                「何です?意見なら、健の方がいいんじゃないですか?」
                「いや、どちらかというと君の方が適役かと思ったんだよ。では行こう」
                ジョーは何か言おうと思ったが、黙って着いて行く事にした。
                きっと何か自分でなければならない事なのだろう。
                俺の関係することって・・?

                ジョーが色々考えを思いめぐらせていると、博士はとある研究室へと彼を
                連れて行った。
                そこは白い壁のようなもので囲まれた味気ない部屋の要に思われたが、
                その白い壁だと思ったものの中から機械音が聞こえてくる。色々な装置が
                埋め込まれているようだ。
                それにしても・・。
                「暑いな、ここは」
                「ああ・・冷房が効いてないようだね。ちょっと見てみよう。そこに
                座っていてくれたまえ」
                ジョーは辺りを見渡した。しかし、椅子らしきものはない。
                「博士、何もないですよ。」
                彼はそう言ってテーブルの上に置いてあった、水の入ったコップに視線を
                止めた。
                普段の彼なら用心して口にする事はないのだが、なにしろここは蒸し暑い。
                喉が渇いて何か飲みたかった。
                それに、みたとこ普通の美味しそうな水だ。
                彼は博士が背中を向けているのをいいことにそれを頂戴することにした。
                きっと博士のに違いない。
                ジョーはそれを一気に飲み干した。


                「冷房が効いて来たようだな。ジョー、待たせて悪いね」
                博士はそう言って手を止めた。何やら背後で赤ん坊のような声がする。
                「・・・?・・誰だね、赤ん坊なんか連れて来たのは。ここは研究所だ、
                場所をわきまえたまえ。・・ったく、最近の若い者ときたらー」
                博士は遥か遠くて作業する助手らを見たが、聞こえないようだ。
                やれやれと博士は振り向いて、目を見張った。
                そこには真っ裸の赤ん坊が、ハイハイしていたのだ。
                「・・・何故ここに赤ん坊が?・・・ジョー?・・・・まさか」
                博士は改めてその赤ん坊を見つめた。まだ薄いが黄金の髪に青みがかった瞳を
                している。そしてその子の近くには、まさしくジョーが着ていた服がまるで蛇が
                脱皮したかのようにくしゃくしゃとなって置かれていた。
                やがてその子は壁につかまり立ちをしながら、おぼつかない足取りで歩き出した。
                そして何やら動いているものに近づいて行った。
                「ばぶー」
                「こ、こら、いかん」
                博士は慌ててその子を抱き上げた。
                「それは危ないから触ってはいけないよ」
                「ぶー、ぶー」
                何を言おうとしてるのだろう・・・博士は手足を盛んに動かしている赤ん坊を
                見ながらそんな事を思っていると、何やら湯気がのぼってきた。
                「・・・待ったっ!」
                博士はとりあえずシンクにそのまま連れて行き、暖かいお湯を出して彼を洗った。
                赤ん坊はそれが嬉しいのか、キャッキャッ、と笑って水を博士に掛けた。
                「こ、こら、やめなさい、ジョー」
                博士は戸棚から毛布を出して赤ん坊を拭き、包んで抱きかかえた。
                と、そこへ1人の若い研究員が入って来た。
                そして彼は入るなり、辺りをキョロキョロ見渡し、つぶやいた。
                「・・あれ・・・変だな・・・」
                「どうした」
                「あ、はい・・。実はここに実験用の液体をー」
                研究員は博士に抱かれて自分を見ている赤ん坊を見た。
                「どうしたんです、その子」
                「これはジョーだ。どういうわけが、赤ん坊になってしまったのだ」
                「えっ、ジョー?あの青年ですか?・・・・と言う事は・・・やった、成功だ!」
                博士は眉をひそめた。
                「何だって?」
                「・・す、すみません・・・・」
                「どういう事だね、説明してくれたまえ」
                研究員は少し恐縮したように話し始めた。
                「実は・・若返りの薬を作ってまして・・・。細胞を若くして病気を治す、という
                研究をしているんです。しかし・・こんなに効くとは」
                「馬鹿者!効きすぎだっ」
                「・・そうですよね・・すみません」
                「早く戻したまえ、困るじゃないか。彼は必要なんだ。ここままでは戦力不足だ」
                そんな時、赤ん坊が泣き出してしまった。
                博士は慌ててなだめた。
                「ああ、ごめん、ごめん。別にお前を怒ったんじゃないんだよ」
                「でも博士・・。元に戻す薬を作るには時間が必要です。幸いその薬は完全ではあ
                りません。きっと効き目がなくなると思います」
                「ああ、是非そう願いたいものだな」
                研究員はおじぎをして出て行き、博士はため息をついて機械に近づいた。
                何しろ赤ん坊を置いて作業するわけにはいかない。
                しっかり抱いたままチェックをするしかない。
                博士はメモリや動作なのを見ていたが、赤ん坊が興味深そうにそれらを見つめてる
                のを見て何となく和んだ。
                思えば彼と最初に会ったのはもう大きくなった頃だ。こんな赤ん坊の時期もあった
                のだ。
                どんなに我がままで無鉄砲なところがあってもやはり赤ん坊の頃は無垢だ。
                そして顔こそ見られなかったが、あの時亡くなっていた彼の父親を思い浮かべた。
                「・・ジョー、君のお父さんもきっとこんな風にあやして可愛がっていたんだろう
                ね・・」
                博士はこのままのんびりした気分になるのもいいものだな、と思った。
                そしてしばらくして赤ん坊は眠ってしまった。
                博士は助手に言って、ベビーベッドの代わりになるものを探してこさせ、そこに
                衣類に包んで寝かせた。
                果たしてジョーが元に戻るのにどのくらい掛かるんだろうか。
                その間に何もなければいいがな、と博士は思った。


                「・・・いてっ!」
                博士は振り向いた。そこにはひっくり返った入れ物の近くて床に四つん這いに
                なった状態で頭を抑えているジョーの姿があった。
                「何で俺、こんなところで寝てんだ?」
                「ジョー?元に戻ったか」
                「え?」
                「・・・あ、ああ。何でもない。寝ていたのかね?」
                ジョーは立ち上がった。
                「・・ええ・・それが全然覚えてなくて・・変だな」
                博士はふっと笑った。
                「ところで博士、用って何です?」
                「・・あ、ああ・・それなんだが・・予定が変わった。ジョー、もう帰って
                休みたまえ。疲れたろう。」
                「・・・まあ・・確かに疲れてるような」
                「また今度にしよう。別に今日でなくても大丈夫だ。」
                しかしジョーは何だか考え込んでいるようだった。
                「どうしたんだね、ジョー」
                「いや・・何だか夢見てたのかな・・親父に抱かれていたような。(笑う)
                バカな。なんで今頃。・・じゃ」
                博士はうなづいて、軽く会釈して出て行くジョーを見た。
                (・・夢か。それならば私も見ていたよ、ジョー。ほんのつかの間の安らぎの
                夢をね。ありがとう)
                博士はまた作業に取りかかった。
                若い研究者の成果を祈りながら。



                               ー 完 ー





               今回はお題で作りました。

               幼児化したコンドルのジョーをかきましょう。 http://shindanmaker.com/149262 ;












                                fiction