『 初めて のお仕事 』






                 「・・・ジョー・・ジョージ、おい、ジョージ!」

                 「・・・・え?・・・」
                 ジョーは目をゆっくりと開けた。目の前にぼんやりと自分を覗き込んでいる人物
                 がいる。そいつはこう言った。
                 「お前さんの名前、ジョージって言わなかったっけか?」
                 「そうだけど・・・」
                 ジョーは体を起こした。
                 「そう呼ぶやつはあまりいねえからさ・・」
                 そして辺りを見渡した。
                 「・・・ちぇっ、やっぱりここか。何度見てもここだ」
                 「当たり前じゃないか。お前はもう死んだ人間なんだから、地上へは戻れないん
                 だよ」
                 天使はそう言って立ち上がった。ジョーもやれやれと立ち上がった。
                 「・・・わかってるけどさ・・・。ふんっ、言ってみただけだ」
                 「ほら、来い。お前に仕事を与えてやる」
                 ジョーは腕を組んだ。
                 「ふんっ、天使が聞いて呆れるぜ。そんな口の利き方をしていいのかよ」
                 「お互い様だと思うがな」
                 「・・・・」
                 天使はククク・・と笑った。背中の羽が揺れている。ジョーはそれを見て癪に
                 障った。
                 (・・・くそっ、羽根をむしり取ってやろうか)
                 そんなジョーの羽根は鶏のトサカのように逆立っていた。どうやらその人の気分
                 に合わせて変わるらしい。でも彼は気づかなかった。
                 ジョーは呟いた。
                 「だけど、変だな・・。ここへ来た時は子供に戻されて親父とお袋のところへ会
                 いに行ったハズなのに、まだ元に戻っちまった」
                 天使は振り返らずに言った。
                 「仕事をする必要があるからだ」
                 「仕事?何の仕事だ。俺は親父たちと話がしたいんだよっ」
                 「・・そんなに親が恋しいのか?」
                 「8の時に突然別れたんだ、当然だろ」
                 「ふーん。そんなもんかね」
                 「・・ふんっ、おめえにはわかるもんか。おめえはさぞかし幸せだったんだろう
                 よ」
                 しかし天使は何も答えず、さっさと歩き続けた。ので、ジョーも仕方なく付いて
                 行くしかなかった。


                 やがて雲でできた大きな門が見えてきた。天使はお辞儀をすると、こう言った。
                 「神様、ジョージを連れていまいりました」
                 すると、どこからか声が響いた。
                 『入るが良い』
                 「さ、付いて来て」
                 ジョーは諦めたように天使の後に付いて歩いた。
                 両端には柱のような建物が等間隔に建っており、噴水やベンチのようなものが置
                 いてある。時々ハープのような音色が聞こえてくる。
                 まるで故郷の遺跡のような趣だ。彼は悪い気分はしなかった。むしろ、懐かしさ
                 を覚えて心地さを感じていたのだ。
                 小さな頃しかいなかったのに、体は覚えているということか。
                 なんだか不思議だ。
                 天使が立ち止まって恭しくお辞儀をした。いつの間にか真正面に座っている人物
                 がいる。その背中には羽は見えなかったが、やたら立派なヒゲを生やし、慈悲の
                 目でこちらを見つめている。
                 『よく来た、ジョージ。待っていたよ』
                 「俺を?」
                 『10年前、私と約束をしただろう。またここへ戻ってくると』
                 ジョーは一瞬黙ったが、やがてこう言った。
                 「俺、一回死んだのか?」
                 目の前の神様は静かに頷いた。
                 「・・・そうか、そうだったのか。そうだよな、あれで無事なわけがない。」
                 「神様、彼に仕事をお授けください」
                 『ああ、そうだった。ジョージ、天国に来たからって何もしなくてもいいという
                 わけではないのだよ。天使には大事な仕事がある』
                 「どこの世界も、『働かざるもの食うべからず』、という事だな。なかなか厳し
                 いもんだぜ」
                 神様は続けた。
                 『仕事というのは・・(と指差す)。向こうに港がある。地上から死んだ者たち
                 を運んでくる船が着く場所だ。そこから一人一人ここへ連れてくることが仕事
                 だ』
                 「お前の担当は、ちょうどあの柱の先に着く船だ」
                 ジョーはじっとその方角を見つめた。かすかではあるが、船らしき影がこちらに
                 向かってやってくるのが見える。
                 『それでは頼むよ、ジョージ。一人一人降りてくるから、連れて来ておくれ』
                 「・・・わかったよ」
                 すると神様はしんみりと言った。
                 『立派な若者になったな、ジョージ』
                 ジョーはじっと神様を見て、そして港へ歩き出した。
                 「口は悪いですがね」
                 天使がそう言うと、神様は笑った。


                 その船は木製で、大きな帆が付いている。そして港へ着くと、帆は折りたたまれ
                 た。
                 「ノアの箱船みたいだな」
                 ジョーはそれらしいことを言ってみたが、間違ったらバカにされると思い、そっ
                 と呟いてみた。
                 やがて見ていると、杖をついた老人が降りてきた。
                 見たこと、具合が悪そうに見えない。
                 が、ジョーは彼に駆け寄った。
                 「爺さん、手を貸すぜ」
                 老人はえ?という風に顔を上げてジョーを見た。
                 「どなたですかな」
                 老人はじっとジョーを見つめた。そしてこう言った。
                 「・・お前さん・・・ずいぶんお若そうじゃが・・・(俯向く)・・すまないの
                 お、ワシはこんなに長生きしてしまったというのに・・若くしてここへ来てしま
                 うとは・・」
                 ジョーはフッと笑った。
                 「なんだい、気にすんなよ、爺さん。いいじゃねえか、長生きは別に悪いこと
                 じゃねえよ。大往生したってことでさ。これも神の思し召し、というやつだ」
                 そして彼は少し伏し目がちに言った。
                 「俺がこの歳で来ちまったのも、運命ってやつだ。仕方無えのさ」
                 「お前さんのその羽根は本物かね?」
                 「そうだよ。爺さんも生えてるぜ」
                 老人はびっくりしたように目を見開いた。
                 「こりゃあおったまげた。やはり極楽へ来ちまったのか」
                 ジョーは前を向いた。そりゃ最初は信じがたいよな、自分だってそうだったか
                 ら。
                 やがて大きな門が見えてきた。
                 「さ、ついたぜ。(開ける)入りな」
                 「ありがとう」
                 老人はお辞儀をして中へと入っていった。
                 ジョーはしばらく老人の後ろ姿を見つめ、彼の幸せを願った。

                 船へ戻ると、子供の泣き声が聞こえた。
                 その声に近づいていくと、幼い男の子が入り口近くで泣いているのが見える。
                 (・・・あんな小さな子が・・)
                 いくつくらいの子だろう。病気か事故か・・・。きっと両親はひどく悲しんでい
                 ることだろう。
                 「坊主、迎えに来たぜ、一緒に行こう」
                 すると男の子は顔を上げ、こう叫んだ。
                 「いやだ!知らない人についていっちゃダメなんだもん!」
                 ジョーはああ・・と思った。
                 「確かに俺は知らねえ奴だけど・・・」
                 「ママは?パパはどこ?ねえ、ここはどこ?」
                 「ここは天国だ」
                 「僕をゆうかいすんの?ぜったいついていかないよ!」
                 「だからー」
                 「ママー!パパー!変な人が〜」
                 ジョーは頭を振った。
                 「やれやれ・・」
                 ジョーは男の子を抱き上げると、しゃがんだ。
                 「離してー」
                 「俺の背中に何が見える?」
                 「・・・鳥さんみたいな羽根」
                 「そうだ、自分のも見てみろ・・な?坊主も天使になったんだよ」
                 男の子はそっと羽根を触り、パッと手を離した。
                 「おい、坊主、下をみろ。あそこに見えるのが、さっきまで坊主がいた世界だ」
                 男の子は泣きじゃくっていたが、言われた通りに下を見た。
                 「坊主のママとパパ、見えるかい?」
                 男の子はそうっと見て、ジョーの胸元に顔を埋めた。
                 「・・・・」
                 この子も突然親と離ればなれになったんだろう。思えば、自分も気がついたら違
                 う世界に放り込まれていた。彼と自分では立場がまるで逆ではあるが。
                 ジョーがしんみりと感傷に浸っていると、男の子の寝息が聞こえてきた。
                 「やれやれ、やっと大人しくなってくれたぜ。・・忘れるところだった」
                 ジョーは彼をそのまま抱いたまま歩き出した。神様のところへ連れて行かなけれ
                 ば。
                 大きな門をくぐると、他にも人間の手を引いて歩く天使の姿がちらほら見えた。
                 結構死んでいく人間っているんだなあと彼は思った。
                 神様は歩いてくるジョーを見つめた。
                 『子よ、起きなさい』
                 ジョーは軽く男の子を揺らした。
                 「おい、坊主、着いたぜ」
                 男の子は目を開け、そしてこわごわ神様を見上げた。
                 『恐れることはない。私は神である。今日からお前はここに住むのだ』
                 男の子はまた泣きそうな顔をした。
                 「・・ここ・・どこ?・・・ママは・・?」
                 『お前はもう向こうへ帰れないのだよ』
                 「ママー、いやだー。帰るーっ」
                 男の子は泣き出した。神様と天使は顔を見合わせた。
                 『・・仕方ない。ジョージ、しばらくその子の面倒を看てやりなさい』
                 「へ?・・お、俺?」
                 「ちょうどお前さんに慣れている。いいじゃないか」
                 天使は笑った。ジョーは彼を睨んだ。
                 「・・チェ、わかったよ」

                 門の外へ出ると、そこは眩い光が溢れていた。そう、来た時からそうなのだが、
                 ジョーはそんな余裕がなかったためか気づかないでいた。相変わらずゆったりと
                 した時間が流れている。
                 しばらく歩いたジョーはふと横に視線を遣った。
                 そこの小高い丘の上から、自分を見つめている男女が立っている。彼らは彼に微
                 笑みを投げると、背中を向け、お互いの腰に腕を回し、仲睦まじそうに寄り添っ
                 て歩いて行ってしまった。
                 ジョーはそんな2人を見て、やがてこう言った。
                 「・・ちぇっ、勝手にしろいっ」
                 彼は歩き出して呟いた。
                 「もしかしたら、俺に兄弟ができるかもしれねえな」
                 一人っ子というのは寂しいと感じることがある。人間界にいた頃は、甚平や同じ
                 年頃の子供達が弟や妹のように感じていた。
                 でも・・両親を独り占めできないな。悩ましい問題だ。
                 「ねえ、お兄ちゃん。何か面白い事してよ」
                 ジョーは男の子を見下ろした。
                 「何だ?おい、泣いてばっかだったのに急に元気になりやがって」
                 「お兄ちゃんが遊んでくれるならここにいてもいいよ」
                 「・・生意気言いやがって・・」
                 男の子は降ろされると、キャ、キャ、と楽しそうに走り回った。
                 ジョーはため息をついた。
                 「・・やれやれ・・まあいいか」
                 ジョーは男の子の手を引いて歩き出した。











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