『 天
使 』
窓を開けた健は、夜空を見上げた。
「すごい星だな」
彼は思わずそう声に出した。空にはおびただしい数の星々が瞬き、その光も
かなり強い。しかも、上空には大きな月も輝いていた。
彼はドアを開け、外に出た。
「そう言えば、昨年の今日もこんな夜空だったな・・・」
健はそう言うと、うつむき、目を伏せた。
そう、あの”別れ”の日ー。
健は停めてあったセスナ機に向かって歩いた。
「今日も行くか。あいつの近くへ」
彼はそれに乗り込み、エンジンを吹かした。
セスナ機は加速を付け、やがて空へと上がった。
星まで手が届きそうなところまで上昇した。そして健がその光景に何とも言え
ない気持ちで眺めていると、突然奇妙な音がし出した。おまけにどこからか煙
が立ち始めている。
「・・どうしたんだ」
健は慌ててレバーを引こうとしたが、まったく動かない。
やがてセスナ機は止まってしまい、そのまま落下し始めた。
「うわあああっ」
そしてそのまま森の中へと突っ込んで止まった。
健は気を失ってしまった。
どのくらい経ったであろうか。
健は何やら暖かいものを感じてゆっくり目を開いた。
眩しい。彼は思わず目を閉じたが、恐る恐る目を開けた。
何だここは。やけに白いぞ。それにー
ふと健は、傍らに誰かが立っているのに気づいてそちらに顔を向けた。
小さな男の子がじっと自分を覗き込んでいる。
「ここはどこだ?」
健は起き上がってその子に尋ねたが、その子は驚いたように少し後ろに下がっ
た。
が、その瞬間健は目を疑った。男の子の背中に何と小さいが鳥のように翼が生
えていたのだ。そしてその子は白い服を着ていて、まるで絵画に出て来そうな
エンジェルそっくりな格好だった。
「・・天使?・・・え?」
健はその子を見つめた。誰かに感じが似ている気がする。髪や瞳の色といい、
目つきといい・・・目つき?まさか。
「あの、君はー」
『ジョージくーん』
今度は女の子の天使がやってきた。ジョージと呼んだな。健は確信した。
「助けてくれたんだね」
健はなるべく脅さないように男の子に話しかけた。何しろ”彼”だとしてもまだ
幼い。
『・・べ、別に。ただ神様に”あの人を助けなさい”って言われただけだ』
男の子は少し捻くれたような言い方をして視線を逸らした。
健はふっと笑った。
「・・・本当にそっくりだ」
健は立ち上がった。そして周りをゆっくり見回したが、人っ子一人いない。
しかし、遠くからハープか何かの音楽が絶えず流れてくる。神様か何かが弾い
ているのだろうか。
『ねえ、ジョージくん、行こうよ。レナ、見せたいものがあるの』
『うん、行くよ』
女の子に腕を引っ張られるようにして急かされた男の子は、健にこう言った。
『それじゃあね、お兄ちゃん。・・・まだ来るの早いよ』
「ジョー!」
女の子は振り向いた。
『ジョージくんよ!』
男の子も振り向いたが、前を向いて彼女と一緒に駆け出した。
「・・待ってくれ、ジョー!行くな!」
健は思わず追いかけようとしたが、足下がズボッと落ち、そのまま落下した。
「うわああああああ〜!」
「兄貴、兄貴ってば!!」
「・・・・」
健は目を開け、はっとして起き上がった。木の上だ。そして近くでは甚平が心
配そうに見ている。
「あ、あれ・・・あの子達は・・?」
「あの子達?やだなあ、オイラしかいないよ、子供の事言っているとしたら」
「・・そうか」
「どうしたんだい?兄貴のところに来たらちょうど飛んでいっちゃうし、かと
思ったら突然どっかへ落ちちゃうし」
健はため息をついた。
「・・そうだったな」
健は今までの出来事を甚平に話した。甚平はバカにせず、真剣に聴いていた。
「・・そうなんだ・・良かったね、会えてさ」
「ああ・・」
「そういえばさ、死んだら星になるって話したって前言ってたよね」
「そうだな・・」
「じゃあさ」甚平は空を指差した。「きっとあのすごく光って目立っている
の、きっとジョーの兄貴だね」
「ははは。きっと甚平がちゃんと店の手伝いをしているか見てるぜ」
「えー、星になってもキビシいなあ、ジョーの兄貴は」
健は笑って星々を見上げた。そして先ほどの男の子を思い浮かべた。
(・・・何だよ・・先に行っちまいやがって・・・何が”お兄ちゃんはまだ
早い”だ。・・・・お前だってまだ早いじゃないか)
健はうつむいた。
(・・・馬鹿野郎・・)
でも・・・と健は思った。
幸せになれたんだな、やっと・・・。
「さてと。また一周するかな。・・そういえばこのところメンテをろくにして
なかったかもな。(微かに笑う)・・何だか身に入らなくて・・」
「・・兄貴・・」
「点検し終わったら、甚平乗ってくか?星が綺麗だ。その中を飛んでいると
別世界だぜ」
「うん!」
2人は降りた。
「あ、兄貴、メンテはしっかりやってね」
「分かってるよ」
そしてセスナ機に近づいた。それは落ちたに関わらず無傷でまるで置かれたか
のように佇んでいたのだが、2人はまったく気にも留めなかった。
天空では星達がいっそう強く瞬いていた。
ー 完 ー