『留守 番』



             甚平は一人黙々とスナックジュンのカウンター片隅で皿洗いをしていた。
             そんな彼は、外で車のエンジンの音がしたのであれという表情をした。
             「今日は休みなのかな。」
             そしてしばらくして入って来たジョーを見た。
             「可哀想にな、ゆっくりさせてもらえなかったのか?」
             「うん、ちょうどいいから、全部洗っとけ、てさ。ったく、お姉ちゃんと
             きたら人使い荒くてイヤになっちゃうよ。それより、ジョーの兄貴さ、
             レースが連続続くって言ってなかったっけ?行かなかったの?」
             ジョーはカウンター席に腰掛けて甚平が差し出した水を口に含んだ。
             「おめえが一人で留守番って聞いたからからかってやろうと思って休んだ
             んだよ。」
             「ちぇっ、冷やかしか〜。」
             ジョーは笑った。
             「そう言うな。実は料理を教えようと思って来たんだ。」
             「え?本当?」
             「ああ。」
             「助かるよー、何しろ最近メニューの種切れでさ。なんかめぼしいのない
             かと思ってたんだ。何だい?スパゲッティ?」
             「なすの煮込みだ。夏にぴったりだぜ。」
             「へえ。」
             ジョーは缶詰を置いた。
             「それ何?」
             「”パッサータ”トマトをすり下ろしたヤツだ。手に入らないかと思ったけど
             最近ここも外国産のものを入れるようになったんだな。」
             ジョーはカウンターの中に入ると、なすを手にした。
             「甚平、なすを切ってくれ。輪切りにな。で、それを油で揚げるんだ。」
             「あいよ。そんなの簡単だよ。」
             甚平になすを任せる間、ジョーはトマトソースに取りかかった。
             フライパンににんにくをひとかけすりつぶしたものと、パッサータ、100
             ccの水、塩少々を入れ、よく混ぜて弱火にかけた。
             そして沸騰すると、そこへなすを入れ、オレガノを加えた。
             トマトソースをなすに掛けながらそのまま10分ほど煮込めば出来上がりだ。
             そして少し手があいたところで甚平は口を開いた。
             「ジョーの兄貴は料理が上手いね。」
             「いつもお袋の側をくっついて離れなかったからな。お袋の作る物は見よう
             見まねで作ったもんだ。」
             甚平はうつむいた。
             「・・・いいなあ、ジョーの兄貴にはママの思い出があってさ。」
             「でも甚平には優しい姉貴がいるじゃねえか。俺には兄弟がいねえから、
             羨ましいよ。」
             「そっか。よし、そんならオイラがジョーの弟になってやってもいいよ。」
             「生意気言いやがって。」
             ジョーは甚平の頭を軽く小突いた。
             「へへっ」

             「それにしてもさ、お姉ちゃんにジョーの爪の垢でも煎じて飲ませてやりて
             えよ。ほんっとに、しょうもないんだぜ、女のくせに。」
             「ジュンだって、切羽詰まった時にはイヤでも作るようになるだろうよ。」
             「切羽詰まった時?」
             「健と一緒になった時だ。いくらなんでも出来合いで済ます、ような事は
             しなくなるだろうよ。」
             「そっかなあ。オイラさ、お姉ちゃんはアニキの事諦めた方がいいんじゃな
             いかと思うよ。あ、そうそう。お姉ちゃんってば、ジョーの兄貴に、仲間を
             連れて来てもらおうと言ってたぜ?」
             「レーサーはやめとけ。気が多いヤツばっかだぜ。それにな・・・・いつ命
             を落とすか分からねえんだ。」
             「・・・・・。」
             「ま、ジュンほどの器量のいい女の子なら、みな気に入るだろうけどな。」
             甚平はフライパンに視線を移した。
             「あ、ジョーの兄貴、出来たみたいだよ。」
             「じゃあ、そこの皿に入れてくれ。」
             「分かった。・・・・ねえ、ジョーの兄貴も気が多いのかい?」
             「口じゃなくて手を動かせ!」
             「へいへい。」
             甚平は手際よく皿に盛りつけた。さすがに手慣れている感じだ。
             「ねえ、味見していい?」
             「ああ。」
             甚平は口に入れて目をキラキラさせた。
             「うわあ、美味いや!ありがとよ、ジョーの兄貴。助かったぜ。」
             「お易い御用だぜ。」


             夜遅くジュンが戻って来た。甚平はジョーから新しいレシピを教えてもらっ
             たことを身振り手振りで話した。
             「それでジョーにイタリア料理を?また随分(レベルが)上がったわねえ。
             お客様、食べてくれるかしら。」
             「大丈夫だろうよ。新しい物には目がないから。あ、そうだ、ジョーの兄貴
             雇ったらどう?きっと色んなの作ってくれるよ。」
             「バカ言ってんじゃないの!ジョーは忙しいでしょ、レーサーなんだから。
             それに、第一ジョーがいたら、女の子たちがたくさん来てうるさくてかなわ
             ないわ。絶対、反対!」
             「・・やれやれ、どうしたもんかね。お姉ちゃんはヤキモチ焼きでいけねえ
             や。」


                          
                           
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