『 Pasqua (復活祭) 』




             石畳の坂を数人の子供たちが駆けていく。彼らは笑いながら追いかけっこをして
             いるようだったが、ある子が振り向いてこう言った。
             「じゃあ僕は帰るよ。お手伝いしなきゃ。」
             「うん、僕も。」
             「じゃあね、ジョージ、バイバイ!」
             「バイバイ、またね、。」
             それぞれの子供たちは散り散りに走り出し、ジョージも家へと急いだ。
             そんなとき、大人たちの声が聞こえて通りに出た彼はあ、という顔をして足を止
             めた。
             楽しそうに笑いあっている大人たちの向こうに立っているものを見たのだ。
             「わあ、すげえや。」
             それは巨大な人形のようだ。周りにも何やら飾られてそれはテレビでよく見るパ
             レードに出てくるようなものだった。
             家に戻ったジョージは早速母親に今見てきたことを話した。すると彼女は微笑ん
             で言った。
             「もうすぐパスクア(復活祭)でしょ?その時の行進に使われる、”ミステリ”と
             言う彫刻の人形を用意しているのよ。」
             「ふ〜ん・・・」
             するとジョージはとたんに目を輝かせた。
             「じゃあ、ママ。また大きなドルチェ作ってね。」
             「ええ、お祭りにはかかせないものですからね。またあなたの大好きな果物の
             乗ったものを作るわよ。」
 
             イタリア、そしてこの島の復活祭は「Pasqua(パスクア)」と呼ばれ(アメリカ
             ではイースター)、”カッサータ”と呼ばれる島独特のド派手なドルチェ、そして
             パスタのオーブン焼き(パスタ・アル・フィルノ)がいつもテーブルの上を飾る
             のが定番である。パスタにソースを絡めたものの上にチーズ、卵、ハムなどを乗
             せ、オーブンで焼く料理である。
             また、キリスト教では羊は穏やかな性格から善人の意味があり、羊肉を使った料
             理が所狭しと並ぶ。
             そして定番のお菓子はドルチェのほかに、「コロンバ」と呼ばれる鳩の形をかた
             どった発酵菓子が登場する。鳩は平和の象徴であり、平和への願いを込めてでき
             たお菓子である。
 
             「そうだわ、今年の試作品を作ってみるから、あなたも手伝ってみる?」
             「うん!」
             カテリーナは大きなテーブルに紙袋を乗せた。彼女は材料とおばしき食材を次々
             と取り出してその上に並べた。
             砂糖漬けのドライフルーツが何種類か、 生クリーム、マトン、そして卵。
             卵はたくさんあった。ケーキの材料とは別に買ったと彼女は言った。
             「復活祭エッグよ。そこに絵を描くの。昨年も書いたけど、覚えている?ジョー
             ジ。」
             しかしジョージは首をかしげて考え込んでしまった。なので、カテリーナはく
             すっと笑った。
             「そうね、また3歳くらいだったわね。その前までは触らせてもらえなかったも
             のね。」
             「ママ、僕も描いていい?」
             「いいわよ。」彼女は奥へと移動しながら言った。「でもまだよ。後でね。」
             カテリーナは行ってしまったが、ジョージはじっと籠の中に入っていた卵を見つ
             めた。テーブルは彼の目のあたりにあって、小さい彼は少し背伸びする必要が
             あった。
             そして彼はそっと手を伸ばしてその中の卵をつかもうと試みた。でもちょっとの
             差で届かない。あとちょっとなんだけどな。ママはいないし。
             カテリーナは台所で野菜を軽くゆすいでいた。そして色とりどりのドライフルー
             ツの缶を置いて引き出しを開けようとした。その時である。
             「・・あーん・・・」
             突如、ジョージの鳴き声が聞こえた。
             カテリーナは急いで台所から出て泣いている小さな息子を見た。彼の足もとには
             卵が落ちていて割れて中身が流れ出てしまっている。
             「あらあら・・」
             「・・・ママ・・・卵割っちゃった・・・・」
             「大丈夫よ。まだたくさんあるから。」
             カテリーナはそういって彼の頭に手をやり、床を手際よく吹いて綺麗にした。
             それにしても、ただの卵が割れたくらいでなぜこんなに泣くのかしらとカテリー
             ナが不思議がっていると、彼は泣きじゃくりながらこう言った。
             「・・・・ママ・・・・・どうしよう・・・・死んじゃった・・・・」
             「えっ?」
             「・・・・鳥さんの赤ちゃんになるんでしょ?・・・僕・・・殺しちゃっ
             た・・・」
             ああ、それでこの子は泣いているのか。カテリーナは微笑んだ。そしてしゃがん
             でぎゅっとジョージを抱きしめた。
             「ジョージ、大丈夫よ。これはね、雛にならない卵なの。だから、割れてもいい
             のよ。大丈夫。」
             「・・・・ホント・・?」
             「ええ。」
             ジョージは安心したのか微笑んで彼女に顔をつけた。
             カテリーナは彼の髪を撫でた。
             「・・あなたは優しい子ね、ジョージ。」
             そしてカテリーナはそのままジョージを抱き上げ、おでこに自分の額をつけた。
             「神様がいつまでもジョージがいい子であるようお守りくださいますように。
             アーメン。」
             「アーメン。」
             カテリーナは笑って彼を抱いたまま台所へ向かった。
             そして昼下がりののどかな日差しが2人を優しく包んだ。
             まもなく復活祭。町中は荘厳さと華やかさが同居した不思議な物語を描くのであ
             る。
 




                (あとがき)
                今年のイースターは4月20日(日)です。
                普段、「イースター」といっていますが、イタリアでは「パスクア」
                と言います。
                ドルチェというお菓子ですが、正式には「カッサータシチリアーナ」
                といい、シチリアの名物とのことです。ただ、本編ではBC島という
                名なので、シチリアは使えないということでただのドルチェにしまし
                た。

                また、卵のくだりは私の実体験をもとにしました。
                実は小学低学年の頃は、卵というものはみんな、温めればヒヨコが生
                まれる、と信じていました。もちろん、無精卵と有精卵というのがあ
                るなんて知りませんから。
                そんなわけで、今回のジョージくんはまだ4歳くらいという設定なの
                で、きっとそう考えるかな、と思って書きました。ちょっと幼すぎま
                したかね(笑)






                           fiction