『 不 思議な来客 』




                   スナックジュンではいつもと変わらない感じで時が過ぎていた。
                   まばらな客人も平和になった世を味わっているかのように楽しそう
                   に談笑している。
                   そんな客を眺めていたジュンはふうとため息をついた。そしてその
                   隣では同じく甚平もぼうっとした顔して皿やコップを拭いていた。
                   そんな時にチリン・・と鈴の音がしてドアが開いた。一人の若い女
                   性が入って来た。
                   彼女は辺りを見渡し、しばらく立っていたが、やがてカウンターの
                   隅に腰掛けた。
                   その人は栗色の髪を肩まで伸ばし、それはふんわりとウェーブが掛
                   かっていた。
                   色白で目が大きく、見たとこ、16、7歳くらいに見える。
                   「甚平、お客様よ。」
                   「・・分かってるよ。」
                   甚平は水差しからコップに水を注ぐと、カウンターから出て女性の
                   ところへ向かった。
                   「いらっしゃいませ。何にしましょうか。」
                   「あの・・・・彼はいますか?」
                   「・・え?」
                   「・・彼?」
                   ジュンは顔を上げた。
                   「えっと・・・ジョージ、いえ、ジョーって言ったっけ。背の高い
                   男の人。」
                   甚平とジュンは思わず顔を見合わせた。
                   「・・お姉ちゃん・・・。」
                   「彼、いつもここにいるって聞いて・・。」
                   「・・あ、あの・・その・・・彼は遠くへ行ってしまって・・・・
                   もうここには・・・。」
                   女性は軽く瞬きをして、そして何かを悟ったようにうつむいた。
                   「そうなの・・・もう。・・やっぱりあの時ー」
                   「・・えっ?」
                   「私、感じたの。・・そして彼の声が聞こえて・・。”もう俺は行く
                   から・・”って。」
                   2人はじっと女性を見つめた。
                   そしてジュンは彼女に聞いた。
                   「あなた・・どうしてジョーの事を?」
                   「彼は・・いつも私と一緒にいてくれて・・」
                   「え?ジョーの兄貴と付き合ってたの?何も言ってくれなかった
                   よ。お姉ちゃん、知ってた?」
                   しかしジュンは何も言わず、女性を見つめていた。
                   「・・お姉ちゃんってば!」
                   「甚平、何か軽いもの持って来てよ。」そして女性の隣に腰掛け
                   た。「ねえ、少し聞かせてよ。
                   ジョーったら何も言わないから、付き合っている女性がいたなんて
                   知らなかったわ。」
                   「私こそ、知りたいわ。教えて、彼の事。だって、いつもどこかへ
                   行ってしまうんですもの。
                   一緒にいられたの、数えるくらい。」
                   「そんな事ないと思うわ。私たちの方があまりないわよ。・・仕事
                   で一緒になるくらいね。」
                   すると、女性が思い出したように言った。
                   「でも、彼の車に乗って、そのままドライブに連れて行ってくれた
                   事が何度かあったわ。とても楽しかった。
                   ・・そうそう、一度だけ・・すごく変な体験をしたの。・・何と言
                   うか・・車の中にいるんだけど、更に大きな飛行機みたいのに乗っ
                   て・・彼、どこかへ行っちゃったけど・・・。一人でいる時は凄く
                   寂しかった。もの凄く揺れてたし。」
                   女性は一旦切ってまた続けた。
                   「・・でもあなたたちはいつも彼と一緒にいたのよね。」
                   「あら・・あなただってジョーの側にいられたわ。ずうっとね。私
                   たちよりも。」
                   甚平は怪訝な顔をしてジュンの顔を見つめた。お姉ちゃんってば何
                   で知っているような事言うんだろう。
                   ジュンはうつむいている女性を見つめた。
                   「何か飲む?・・ああ、そうそう、ホットミルクがいいわね。好き
                   でしょ?」
                   女性は顔を上げた。
                   「・・えっ?」
                   ジュンはふふっと目配せをした。
                   「待っててよ。」
                   甚平はやってきたジュンを見上げた。
                   「お姉ちゃん、どうしてあの人の好み、分かったの?」
                   「女の勘よ。」
                   「・・ちぇっ」

                   女性は出されたホットミルクを美味しそうに飲み干すと、立ち上
                   がって、お金をジュンに手渡した。
                   「ありがとう、楽しかったわ。」
                   「こちらこそ。」
                   「私も行かなくちゃ。ごちそうさま。」
                   女性は会釈してドアを開けた。ジュンは思わず彼女の後を付けた。
                   が、もう彼女の姿はなかった。
                   「・・・・。」
                   が、ジュンの耳元でまた鈴の音が聞こえた。そしてそれを聞いた彼
                   女は確信した。
                   それはいつもジョーの側で彼に甘えていた仔猫のルナの首もとに
                   あった鈴の音だったのだ。
                   ジュンは澄み切った青空を見上げた。そしてこう言った。
                   「ねえ。彼に会ったら伝えてくれる?私たち・・貴方に会えて本当
                   に良かった。一緒に同じ時間を過ごし、共に戦えて、私たちは
                   本当に幸せだった。」
                   ジュンはうつむいたが、またキッと顔を上げた。
                   「ジョー、もう貴方は寂しくないわね。ご両親と・・そして彼女が
                   いるから。幸せになってね。・・・・今度こそ。」
                   空を見つめていた彼女はあの女性がジョーの元へ旅立っていくのが
                   見える気がした。
                   きっと彼はびっくりするだろうな。
                   彼女は微笑んでいたが、流れるものがあった。
                   ジュンは目頭をそっと押さえて中へ戻った。





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