『 La colomba(鳩) 』




           眼下に広がる真っ青な海を見渡す丘の上、いつものようにフェンスにもたれるようにして眺め
           ているジョージとレナがいた。
           彼らはしばらくずっとそうしていたが、チチチ・・とかすかな声が聞こえたので、そこに目を
           やった。
           そこには小さな羽をばたつかせているこれまた小さな雛らしきものがうごめいていた。と、そ
           こへ1匹の野良猫がやってきて、その雛に襲い掛かった。そして咥えて持って行こうとしたそ
           の時、ジョージは近くにあった小枝を手にし、そこへ飛び出した。
           「だめ!離して!」
           猫は驚いて雛を離し、その場を後にして駆けて行った。
           「ああ・・よかった」
           2人は雛に駆け寄り、しゃがんだ。そしてジョージは両手でその子を持ち上げ、覗き込んだ。
           「・・生きてる?」
           ジョージはじっと雛を見つめた。雛は目を開け、またチチチ・・と鳴き出した。
           「うん、大丈夫」
           「どうしたのかなあ、この子・・。一人なのかな・・」
           「うん・・パパとママいないのかな」
           2人はあたりを見渡した。行くかうのは人ばかりだ。飛んでいる、といえばカラスくらいだ。
           「ここに置いたらやられちゃうよ。僕たち交互に面倒見ようか」
           「うん・・でもママが鳥アレルギーなの。レナはいいんだけど・・」
           「いいよ、僕んちで面倒見てあげるよ」
           「本当?よかった・・」
           レナは嬉しそうに笑った。ジョージも彼女をみて同じように笑った。

           さて、ジョージはそうは言ったものの家の前まで来ると立ち止まった。鳥の雛を抱えてきたの
           を見てママは何て言うだろう。
           「返してきなさい!」
           それとも・・
           「かわいそうね、いいわ、パパには内緒ね」
           ジョージははあ、と大きく息を吐いて意を決したようにドアを開けた。
           「ただいま」
           カテリーナは台所だ。家にいるときは大抵ここにいてドルチェや特別な料理を作っている。
           ジョージはそのまま通り過ぎた。
           「ジョージ?」
           カテリーナは手を止めることなくそう言った。
           「帰ってきたの?」
           彼女は顔を上げ、ようやく手を止めて廊下を伺った。
           そして階段を上った。

           ジョージは部屋でベッドに座って鳴き続ける雛を見つめていた。
           そこへカテリーナが入ってきた。ジョージは隠す様子もない。
           「・・・一人で鳴いてたんだ、ほんとだよ」
           カテリーナはしばらく見つめていたが、部屋を出て行ってしまった。
           ので、ジョージは顔を上げて、不安そうな顔をしたが、彼女は何かを持ってきた。
           「そのままじゃかわいそうよ。ここにいれてあげて」
           カテリーナは編んで作られた小さなカゴに綿のようなものを敷き詰めたものを持ってきたの
           だ。そして、そこに雛を置くように差し向けた。
           「どこかに巣があったのね。そこから落ちてしまうのはよくあることよ」
           「大丈夫かな」
           「そうね・・お水とかあげましょう。餌になるものも与えれば元気になると思うわ」

           ジョージはそれからと言うもの、水をあげたり、ミミズや毛虫などを捕まえてきては雛にやっ
           た。
           カテリーナがいないときは家政婦に見守られながら可愛がっていた(最も家政婦は遠巻きに見
           ている感じだったが)。

           やがて季節が一巡し、春めいた頃だった。
           陽だまりの中目を覚ましたジョージはカゴの中に雛がいないのに気づいて跳ね起きた。見る
           と、窓に1羽の鳥が羽を動かし鳴いている姿があった。
           「ほっほー、ほっほー」
           それはアオバトだった。雛は鳩の子だったのだ。
           「どうしたの」
           ジョージが近づくと、鳩は彼をちらとみて、そして翼を広げ、あっという間に空へ飛び立っ
           た。
           「あっ」
           鳩はしかし引き返してしばらくジョージのそばを飛び回った。
           そして今度こそ遠くへと行ってしまった。
           ジョージの肩にそっと手が置かれた。いつの間にかカテリーナがそばにいたのだ。
           「もう帰る時が来たのね」
           「・・・うん・・・」
           カテリーナはジョージに視線を落とした。泣くだろうと思ったのだが、彼は不思議と清々しい
           表情でじっと鳩が飛び立った方向を見つめていた。
           鳩はしばらくジョージの近くで飛んでいた。同じように別れが辛かったのだろう。元気になっ
           た姿を見せたかったのかもしれない。


           4月。街は色とりどりの花が飾られ、あちこちに卵のオブジェが置かれた。パスクワ(イース
           ター・復活祭)が始まるのだ。
           ミステリ(キリスト復活を表した人形が置かれた台)と呼ばれる大きな山車が街中を練り歩
           く。春のおとづれを祝うかのように一気に活気付く。

           ジョージは復活祭が嬉しかった。ジュゼッペもカテリーナもいるからだ。そしてこの日は特別
           なドルチェがテーブルに上がる。色彩豊かなドライフルーツの飾られたカッサータやマジパン
           で作られた本物そっくりなレモーネやリンゴ、羊も並んでいる。
           ジョージはそんな中、コロンバを手に取った。平和のシンボルである鳩を象った発酵菓子だ。

           チチチ・・・・ホッホー

           ジョージは鳴き声のする方を見た。窓に1匹のアオバト。
           あの子だ。
           彼は思わず近寄った。
           「どうしたんだ?」
           ジュゼッペは怪訝な顔をしてカテリーナを見たが、彼女は笑って頷いた。

           「一緒に復活祭お祝いできてよかった」
           ジョージはアオバトと並んだ格好で外の賑わいを眺めた。

           ミステリを引く人々を見つめ、ジョージはコロンバを口の中に放り込んだ。
           島に春の風が穏やかに吹き始めた。

           「さあ、お料理が冷めてしまわないうちにいただきましょう」
           「はーい」
           ジョージが離れると、鳩も空へと飛び立った。




                          ー  完  ー



         (あとがき)

            パスクワは、移動休暇のため年によって移動します。
            ミステリは前日に出され、翌日日曜にパスクワが始まります。
            当日は、キリスト復活の象徴である卵料理や、キリストの教えから善人の象徴である
            羊の料理などが並びます。

            鳩も平和の象徴としてその形を象ったお菓子が出されます。
            「青い鳥」の青い鳥というのは、実はアオバトだという説があるようです。平和の鳥
            なので、ありうる話ですね。
            そして、幸せというのはそれは特別なものではなく、一番身近にあるものなんだ、
            という意味もあるのかもしれません。









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