『
Cioccolato 』
博士の書斎に入ったジョーは勝手知ったる感じで本棚へ向かうとある図鑑を取り出した。
彼の好きなレーシングカーがたくさん乗った本だ。
博士は彼の好物を知って、わざと彼が取ることのできる位置に入れておいてくれているの
だ。まあもっとも、ジョーがそんな彼の気遣いに理解しているかどうかは定かではないが。
そしてジョーがそれを手にしていつものようにソファに腰掛けようとしてふと机の上に目を
やった。
「・・あれ?」
それは小さな箱で、綺麗に包装されていた。
「なんだろう」
手に取ろうとしてジョーはやめた。勝手に触ったら泥棒に思われてしまう。
そしてソファに座って本を開いた。
が、彼は本を読んでいる間もその箱が気になって仕方がなった。
やがてジョーは本を閉じた。
「ダメだ、集中できない。部屋まで持って帰ろう。博士には後で言えばいいや」
彼は本を持ってそのまま自室へ戻った。
「・・あっ」
ジョーは机の上を見て一瞬立ち止まった。
近づくと、博士のと同じ箱が置かれていた。
彼は恐る恐る包みを開けた。
「・・・あれ、チョコラートだ」
「僕ももらったよ、チョコレート」
「お前もか」
ジョーは、サンドウィッチを頬張りながら答えた健を見た。
「うん。だってほら、なんて言ったけ、バレンタイン」
「バレンタイン・・ああ、そう」
「あれ、ジョー知らないの?女の人が男の人にチョコレートをあげる日。ジョーなら知って
ると思ってた」
「バレンタインなら知ってるよ。でも、俺んとこは、パパがママにお花をあげてた。」
「え?花?」
「そうだよ、ミモザとか薔薇とかね」
健は首を傾げてそして聞いた。
「男があげるの?」
「うん、もちろんママもパパに何か渡してたけどね。でも、チョコラートはなかったなあ。
でも、誰がくれたの?」
「家政婦のおばちゃんだよ」
「そうか」
ジョーはしばらく黙っていたが、やがてこう言った。
「それじゃあさ、俺の国みたいに俺たちからおばちゃんにチョコラートあげようぜ」
「えっ」
「花は高いから・・チョコラートの材料きっとあるよ。ここなんでもあるもん。作るんだ」
「作る?でも・・」
「いいから」
ジョーは強引に健を引っ張って、部屋を出た。
しばらくして学会から南部博士が戻ってきた。
車から降りると独り言のようにこう言った。
「ずいぶん長引いてしまった。ちゃんと留守しているだろうか」
そして彼が中へ入ると、家政婦がそわそわしたように小走りにやってきた。
「ああ、お帰りなさいませ、博士」
「ただいま。どうしているかね」
どうしているのか、というのは当然例のわんぱく小僧たちのことである。家政婦はこれまた
当然のように答えた。
「それがどうして。ご覧になってくださいよ。それもこっそりと」
「え?」
博士は家政婦の後について行った。彼女の行く先はキッチンだ。
そして彼女の表情を伺い、中を覗いた。
すると、健とジョーの2人が何やら作っている。とても甘い香りが漂い、よく見るとテーブル
や床がチョコで汚れている。
「ほら、健、早く。固まっちゃうよ」
「そんなこと言ったって・・・」
「もっと温めなきゃ」
どうやら手作りチョコを作っているらしい。
博士はそっと離れた。そしてじっと考えた。
出会った頃は2人とも口も聞かず、喧嘩してたのに。
そりゃあ今でも喧嘩はするが、前よりは交流が増えたようだ。
親のいない者同士、きっと互いに子供なりにいたわり合っているのだろう。同い年というこ
とでやはり気が合うのだ。
博士は口元を緩ませた。
出来上がったチョコは家政婦はもちろん博士にも振舞われた。
ジョー曰く、バレンタインは男女問わず自分が大切に思う相手に贈り物を渡す日なのだと。
博士と家政婦は口にした。カリッとした食感の中に、とろりと溶け出すチョコレート。2段
の味わいだ。
チョコレートは種類によって溶ける温度が違う。なので、このような技も可能なのだ。
「2人とも、美味しいよ。ありがとう」
「ええ、最高よ。おばさんよりも上手いわ」
健とジョーはチラと顔を見合わせ、そして同じように頬張った。
まだまだ外は冷たい風が吹いているが、彼らの心には少しだけ春の気配が感じられ暖かい気
持ちに包まれた。
ー 完 ー