『  Carnevale(カーニバル) 』






                外を見ていたジョーは寝る前に何か飲もうとベッドから降りた。
                そして2、3歩進んだところで何かが床に落ちる音がした。
                ジョーはそれを拾ってじっと見つけた。
                「・・・これは・・・・」



                月明かりが窓から差し込む中、カテリーナはベッドの上でジョージを抱きかかえる
                ようにして絵本を読み聞かせていた。彼を寝かしつけるために家にいる時はいつも
                こうしているのだ。
                そしてページをめくっていたカテリーナはあるイラストに目を留めた。
                それは”ゴンドラ”だった。
                カテリーナはおもむろにポケットから何かを取り出した。
                それはペンダントで、トップには、カーニバルで被る仮面の飾りが付いている。そ
                れを見たジョージは目を丸くした。
                「それなあに、ママ。お化け?」
                カテリーナは笑った。
                「これは、仮面を模したものよ。昔、ママが若かった頃ヴェネツィアに行ったとき
                にパパに買ってもらったの」
                カテリーナはそう言ってペンダントを見つめた。そして彼と会った頃を思い出し始
                めた。



                カテリーナはその頃ギャラクターにおいてデブルスターという女性ばかりの戦士た
                ちの訓練を行う指揮官であった。
                「腕をもっと伸ばして!」
                「それじゃ一発で仕留められないよ!」
                その頃、その近くの部屋から1人の若者が出て来た。幹部の中でもまだ下層部とし
                て働くジュゼッペだ。
                そして女性の透き通った力強い声が廊下まで聞こえてきたので、彼は開いているド
                アからそっと中を覗き込んだ。
                そこには、揃いの衣装に仮面を付けた女性達の精鋭たちが一糸乱れぬ体制を保ち、
                薔薇型の爆弾やナイフを的をめがけて投げているのが見える。
                そして一段上に立ち、黒尽くめのパンツ姿で勇ましく彼女達に号令している1人の
                女性がいた。
                ジェゼっぺはその女性を見るなり、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
                涼しげでくっきりとした目つき、すっと伸びた鼻筋、そして真っ赤な唇。でもそれ
                はけっして下品でなく、むしろ可愛らしささえ感じられる。
                そして背筋を伸ばし、凛としたその立ち姿が芯の強さを感じさせた。
                「相手の首元を狙うんだよ、躊躇したら逆に命がないよ!」
                彼女は降りてくると、1人1人指導していく。それはまったく隙を感じさせない雰
                囲気さえある。
                ジュゼッペは苦笑いした。
                「ここに置いておくのが惜しい女性だな」
                そして立ち去った。

                そんな2人が会うまで時間がかからなかった。幹部ばかり集められた会場で彼らは
                偶然隣り合わせになったのだ。
                君を見かけたよ、と言うジュゼッペに、ちょっぴり恥ずかしそうに笑うカテリー
                ナ。
                指揮官の時の顔と違って普通の優しげな女性だ。ジュゼッペは彼女に対する思いを
                ますます強めた。
                彼女また、ジュゼッペに心が揺れた。彫りの深い端正な顔立ち、とても優しい声。
                そして2人は時々訓練の合間を縫って会った。
                その中で彼らは出身が同じシシリー島だという事が判明した。故郷の懐かしい話は
                つきなかった。
                そんな中、カテリーナは是非行ってみたい場所があると話した。
                本土にあるヴェネツィアでカーニバルに参加してみたい。そこでは、人々が仮面を
                被り豪華な衣装を身に纏って思い思いに街を練り歩いて楽しむのだ。
                そこでは身分を隠し、誰もが平等だ。そして大胆な気持ちになって思いっきり大騒
                ぎできる。

                2人は特別に休暇をもらい、ヴェネツィアに向かった。
                そしてカーニバルに参加するため、夜の街へと繰り出した。
                日頃の仕事を忘れ、童心に帰って騒ぎを楽しむ2人。
                賑わう通りを歩いていた彼らは、とある土産屋の前で立ち止まった。そこはお面は
                もちろんカーニバルをモチーフにした飾り物が売られており、通りに面した硝子窓
                にも綺麗にディスプレイされていた。
                そこに入ってしばらく見ていた2人だったが、やがてジュゼッペは小さな仮面が
                トップになっているペンダントを買い、カテリーナにプレゼントした。
                そして大きな川の流れる場所に来ると、カテリーナはゴンドラに乗りたいと彼に
                言った。そこで彼は彼女の手を引いて船頭に話をした。
                ゴンドラは2人を乗せ、ゆっくりと建物の間を進んだ。船頭は、彼らに「もうすぐ
                あの橋の下ですよ」と言い、さらにスピードを緩めた。
                そう、コースの途中でくぐる橋の下は恋人たちにとって特別なものなのだ。そこを
                通る時にキスを交わすと、永遠の愛で結ばれるという言い伝えがあるのである。
                ジュゼッペはカテリーナにプロポーズをした。そして2人は口づけを交わした。



                カテリーナは自分の胸元で眠ってしまったジョージを見下ろし、そっとおでこにキ
                スをした。そしてそのペンダントを彼の手に握らせ、窓から星空を見上げた。



                ジョーはじっとペンダントを見つめた。
                何故お袋はこれを俺にくれたのだろう。運命を悟ったのだろうか。
                ベッドの上で窓から差し込む月の光の中、彼はじっと夜空を見つめた。
                そして横になったが、やがて深い眠りについた。










                    carnevale






                                ー 完 ー






                                 fiction